この人は、本当に何がしたいんだ。
狭まれた空間の中、正臣の目の前でふわりふわりと白く小さな泡が舞った。そんな状態なのにも関わらず、当の本人は何とも卑猥な笑顔を浮かべている。
本当に、何なんだ。


01【あわあわ。】


時は遡り30分前、いつも通りに正臣が臨也宅で淡々と家事をこなしている時だった。料理、洗濯、掃除。それら数々をこなしていくうちに段々と慣れてきてしまったもんだからしょうがない。
正臣は服にエプロンを一枚巻き、スポンジを手に風呂掃除を始めていた。

「ふー…泡、付けすぎちまったかな」

失敗したな、と苦虫を噛み潰したような表情を見せた後、今更しょうがないともう一度タイルをこすり始める。

「正臣くん、正臣くん…あ、ここに居たんだ」
「え?臨也さん…どうしました?」

声のした方を反射的に振り返れば、そこには満面の笑みを浮かべた雇い主の姿があった。隠すことも無く、堂々と手に持った桃色の小瓶が怪しい。

「んー?いや、ちょっと試したいことがあって」
「遠慮しておきます。俺掃除で忙しいんで」
「何も正臣くんとは言ってないだろ?」

その意外な一言に、束の間の安心を感じたのも僅か。まあ、実際正臣くんなんだけど、と
苦笑した臨也に望みは打ち砕かれた。

「これ」

臨也が、手に持つ小瓶の液体をゆるりと回した。どことなく甘い香りを漂わせるそれの正体に、正臣は眉を寄せる。

「び、やく?」
「良いのが手に入ったんだよね。結構効き目強いらしいから3分の1くらいにしとく?」
「俺の意見は無視ですか」
「酷くされるよりは良いだろ?」

妙に明るい笑みを称えたその人が憎い。現状況を知って尚、こんなふざけた言動を撒き散らすのだ。この風呂掃除も洗濯も、一体誰の為にやっているんだと泣きたくなった。

「俺忙しいんで。本当、なんて言うか。そう言う遊び半分での行為は止めてください」
「遊び半分ねえ…」

喉の奥底でくつり、と嘲笑うかのように笑い声を吐き出した臨也を睨み付けた。
ぽつりぽつり、と飛来する怒り。何で分かってくれないんだろう。

「(遊ばれてるみたいで。嫌、なのに)」
「正臣くん」
「(俺は、十分に好きで。それでも、)」
「正臣くん」
「あーもー、っるさいですねほん、」

そこで正臣の声は途切れ、結果、口内を掻き回したのは臨也の舌と甘い液体だった。
何とか目の前の変態を引き剥がそうと強く胸板を叩いたが、一瞬顔をしかめただけで何の変化もない。

「…んふ…、は、」
「全部…飲むまで、止めない…」
「ふ…ん、ふぁ…!」

自己中的な発言に、目の前が霞むのが感じた。舌が深く絡まりついて、正臣が他の行動を起こす事を決して許さない。
ふわり、ふわり。
耐え切れなくなり、滑り落ちたスポンジから小さな泡が舞った。

「(…今に…見てろ…)」
「ん…、飲んだ?」

清々しい程に爽やかな笑みを浮かべる臨也の手から、その桃色の小瓶を奪い取った。量は布告通り3分の1程減り、残りは半分も無い。十分だ。

「俺の、反抗です」

小さく笑んでやれば、些か驚くような瞳と目が合った。

「正臣くん、なに…ん、」
「ん、ふ…飲んで、くださ…」
「ちょ、待って」

正臣は小瓶にゆらぐ液体を全て口に含み、笑みを貼り付けたまま臨也に口付けた。これは仕返しだ。媚薬がどんなに辛く、果ての無い物かを思い知れば良い。

「ん…飲みましたね」
「正臣くん…は、…ちょっと度が行き過ぎたね。思い知らせてあげるよ」

そう一つ笑顔を浮かべた臨也の瞳には、あからさまな憤怒の色が混じっていた。けれども、勝算はある。
ちり。肌の焼けるような痛みと共に、泣きそうになる程の快楽が正臣を襲った。

「ふ…ぁ…、」
「ほら…大人しくしてればさっさと気持ちよくさせて、あげたの、に」

そうだ、勝算はある。
臨也は自分の倍近くの媚薬を取り入れているのだ。臨也が何らかの手を打っていないかぎり、正臣の方がまだ効力はましな方だろう。
正臣はその低く掠れた声に惹きつけられるように、臨也へと手を伸ばした。

「形成逆転は望めませんね」
「、」
「これ…、どれくらいですか」

赤く頬を染め、必死に平静を保とうと唇を噛み締める臨也。小さく2時間くらい、と呟いたのを確認し、正臣は息を整えた。自分が媚薬に勝ち、初めてリードを取るか。それとも臨也が耐え切り、いつも通りに喰われるか。
正臣の2倍ほどの媚薬を飲んだ臨也と考えれば、断然前半の方が可能性はある。

「臨也、さん」
「は…ん、何…」
「俺が食べてもいいですか。今日は」

怪訝そうに見開かれたその瞳。正臣にも動けばそのまま射精しそうになる程の快楽が溜まっていたが、まだ我慢できる範囲内だ。

「何、を」
「だから、」

あんただよ。
そこで言葉を切り、うっすらと汗を滲ませる肌に吸い付いた。顔色を窺いながら、白い陶器のような肌に一つ、また一つと痕を残す。その度に震える身体が面白くて。優越感にひたりながら、黒のインナーを捲りあげた。

「ん…ふ、は…」
「臨也、さん。俺だって飲んでるんですよ、媚薬。だから…加減できるか分からないんで」
「は…生意気、言うね、ん…やめ、ろ」

横なぎに払われた手は軽く避けられる程度で、いつもより数段は鈍い。扇情的なその表情に、正臣は媚薬抜きでも欲が高まるのを感じた。滅茶苦茶にしてしまいたい、と言う欲求をなんとか押さえ込み、臨也への愛撫を更に激しくした。

「…ぁ、まさ、おみくん」
「臨也さん黙って」
「ずい、ぶんと反抗的だね…」
「声、えろ…」
「いつもの正臣くんほど、じゃない」

余裕の無いだろうこの状況でも、臨也は皮肉めいた笑顔を浮かべ、首筋を愛撫している正臣の頭をカリ、と引っ掻いた。その痛みさえも刺激に変換させてしまった正臣は、小さく声を上げて臨也に体をあずける。

「っ何して…」
「こっちの台詞」
「いざや、さ…?」
「壊れても、俺のせいじゃないから」
「何が、」

疑問を外に吐き出す前に、体勢がくるりと反転した。幾分身長の高い臨也がバスルームの扉に正臣を押し付けると、そのままパーカーをずり上げ肌に口付けた。
その感触に、思わず射精しそうになってしまった。抗議の意として髪をくしゃりと乱せば、上目遣いの潤んだ瞳と視線がぶつかる。
何で動けるんだ。だって、この人には、媚薬を。

「正臣くん。俺がこの媚薬を試したかった訳、分かる?」
「へ…?ふ、ぁあ、」
「君がどう言う反応をしてくれるか試したくなってさ」
「どう、いう」
「全部俺の思惑通りだったよ。正臣くんがいい加減に呆れて、俺に反抗する。予想通りのシチュエーションだ」

正臣は意味が分からない、と目を泳がせた後、臨也によって揉みくだされた自身の快楽に耐え切れなくなり、タイルへとずり落ちた。震え、機能しなくなった足に微笑み、臨也は正臣に覆い被さる。

「知ってる?この媚薬ってさ、効果を弱める薬も付いてくるんだよ」
「まさ、か…あんた…!」
「事前に飲んどいて良かったよ。あれの残りを全部飲んだら、俺もどうなるか分からなかったからねえ」

くつり、くつり。
低く喉の奥底で響く笑い声に、正臣は気が遠くなるのを感じた。同時に、好奇心で作られた臨也の笑顔に絶望する。今までの事は全て仕組まれた行動だったのだ。

「さて、正臣くん?」

熱にうなされ、潤んだ瞳の中に見え隠れする欲情の光。ああ、これはやってしまった。もう、逃げられない。
始めようか、と。
深く深く、ただ一言を捧げ笑んだ臨也に、正臣は深く目を瞑った。








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