※皆既月食ネタ。
 gdgdヤってるだけとか言われたらその通り。


――――月は、この人と似ている。

軋むベッドに続いて結合部からもれだす粘着質な音が、一層正臣の羞恥心を掻き立てる。
それを十分に理解している目の前の男はあえていやらしく自分の上唇をぺろりと舐めくだした。
その行為にすら感じてしまった正臣は意図せずして臨也をきつく締め付けてしまう。
天井を突き抜けた先に浮かぶ赤く染まる月と、臨也の欲情しきった瞳が重なった。

「ふ、は…ああ、あ、」
「ん…、く…は、っ」
「…ざ、さん、いざ、や…さ、」


――――2011年12月10日、今日が言わずと知れた皆既月食の日だ。

臨也は元から猫にも似た性格の持ち主で、そんな彼の性格を熟知していた正臣にとってはこの誘いをいつもの"気まぐれ"と受け取ること自体が自然なことだった。

夕食を食べている最中、テレビから唐突に流れ出てきた"月食"と言うキーワード。
昔は彼女などに誘われて星占いなどに手を出したことはあるが、それも別れてからは付き合いの領域に留まってしまった正臣にとっては、月だ星だと言われてもあまり興味の出るものではなかった。
それに恋人である臨也に「月食を見よう」などと持ち掛けたとしても、さりとて余り関心を示すわけがないだろうと考えていたのだ。
が。
そんな推測は奇しくも外れ月食に異様な興味を持った臨也は、天井の一部がガラス窓となっているとある最上階ホテルを急遽予約した。そして道連れと言わんばかりにその時間帯ちょうどに正臣を誘い招いたのだ。

予測していなかった事態に正臣は戸惑いながらもその誘いを了承した。
無論臨也と体を重ねるのは初めてではないし、口ではあれこれと散々な暴言を撒き散らしてはいるものの、結果的に愛しているのは自分も同じだ。
知らず知らずのうちに彼のペースに流され、結局は正臣自身も快楽を求めてしまう。

だからこそ、こうして今のように臨也との行為に浸っているわけなのだが。

「…あ、ああ、ッ…も、むり、や…あぁ、っ!!」
「何?…は、何が…嫌なの」
「いや、じゃな、いっ…む、りだって…ッ」
「途切れてて上手く聞こえない」
「んあ、あぁぁ、ぁ、あ…!!」

正臣の抵抗をあっさりと受け流し、そのまま耳奥を吸うようにして舐めあげた臨也はもう一度強く中へと自身を突き入れた。
内壁を擦り上げられる感触に身悶えた正臣は、快楽に耐え切れなくなり白濁を勢いよく吐き出した。その強い締め付けに耐え切れなくなった臨也も続くように達し、直後の快感にびくびくと震える正臣の中に精液を流し込んだ。
太股に伝う精液の温かさを感じながら、ふやけた思考で月どころではないだろうと皮肉を告げようとするが、それも臨也の口付けによって遮られることとなる。

頬をかすめた髪から漂うシャンプーの香りが正臣の鼻腔をくすぐり、どことなく恋しくなって抱き締め返せばより激しさを増したキスが帰還してきた。

臨也の揺れる黒髪の隙間にのぞいた月は、既に残り5分の1程を残して赤くなっていた。

「ん、ふぁ、いざ…さ、いざやさ、」
「何、」
「ふ…、月見ないんです、か」

指差す先に振り返った臨也の体勢に妙な力が加わり、先程よりも内壁を強く抉ったそれに正臣は甲高い声をあげた。
くつりと笑んだ臨也に半歩遅れて思わず手の甲で口元を押さえたが、羞恥が無くなるわけでもない。

「良い声」
「っうるさい…!」
「どうなの?月を見ながらセックスって。興奮する?」
「ん、ぁ…だから、う、るさ…ッ」

下卑た質問に羞恥と苛つきが増していく。
あんなにもテレビを見てはしゃぎ回る臨也も珍しいと思い来たのだが、最早最初から月自体には何も興味が無かったのではないかと錯覚させられる程だ。もしかすればそれが本心かもしれない。

臨也は唇の端から零れ出た唾液をぺろりと舐め取り、立ち上がっている正臣の胸の突起を口に含んだ。焦らすような甘噛みに悶えてぱたぱたと首を振るが、愛撫はキスへと姿を変えて正臣を翻弄する。
切なげに声をもらす恋人に微笑みかけながら、臨也は静かに口を開いた。

「なんで俺が月食見たかったか、分かる?」
「…え?」

唐突な質問に思考が追いつかず、惚けた声が口を割った。
するりと目を細めた臨也がもう一度にこやかに笑む。

「正臣くんがさ、前に俺のことを月みたいって言ったからだよ」


頭を撫でられながら正臣は予想もしていなかった答えに呆然と目を見開いた。

ホテルに来る前の夕食時にあんなにもはしゃいで居たのだ。
誰でも臨也自身がただ見たかったからだと考えるだろう。
実際正臣も自分の記憶を掘り起こしてみたがそれに至るまでの経緯、それらしい会話すら何一つ覚えては居なかった。
本当に自分がそんなことを言ったのかと疑問を持ったが、臨也の慈愛のこもった瞳に疑念が打ち砕かれる。

「でも…、」
「覚えてないだろうねえ。随分と昔のことだから。ああ、気に病まなくていいよ」
「…臨也さん」
「君がね、俺のことを月に例えたんだ。"月食に染まる赤色はあんたの瞳の色だ。見る人によって格好良いだとか気持ち悪いだとか受け取り方は異なるけど"、」

"俺はあんたのその色が嫌いじゃ無い"。


続けられた言葉の渕に記憶が掘り起こされていく。
確かよく月の見える晩、二人が静かに感傷に浸っていた時に言った言葉。

それは正臣がこの池袋に舞い戻ってきた直後のことだ。
雇い主である臨也の気まぐれに従い、渋々ながらも二人で月を眺めていた。
月食ではなかったが、臨也と一緒に眺めたということもあり正臣の記憶の端に留まる要因としては十分だろう。

だが臨也はどうだ。
折原臨也と言う一人の人間は事務的なことに関しての能力は抜群だが、プライベートや自分の興味の無い事柄に関してはこれほどかと言うまでに気力が無い。
そんな彼は随分前の、しかも何歳も歳の離れた少年の言葉を未だに覚えていた。

何度か瞬きを繰り返した恋人をくすりと笑い、臨也は繋がったままに首筋の愛撫を再開させる。

「だから来たかったんだよね。月眺めてはい終わりじゃ物足りないだろ?」
「ふ…、あんたが、だろ…、ッ」
「んー、うん、まあ。いいじゃん、気持ち良いんだからさ」
「へん、た…い……ふ、んぁ、」

暴言を吐いてはいるものの、正臣は瞼を伏せ、従順に臨也の愛撫を受け入れる。
精液独特の香りがシャンプーの甘い香りと混じり合った。
這うように動く舌はピンク色の双眸に絡まり次第に快楽を呼び起こす。
臨也の舌がツンと尖ったそれを押し潰したり甘噛みしたりする度に、遠慮がちな嬌声が漏れた。

その間にも月は知らぬうちに姿を変えていく。
白から赤へ。
残り僅かだったそれも、遂には全て赤く染まってしまった。
月は似ている。
赤い月は、酷く似ている。
ある時はその光で迷う人間を照らし、ある時は雲に身を潜め嘲笑うのだ。
とても臨也に似ていると思う。


声を抑えるために口元を片手で押さえ、もう片方はシーツを握ることで快感に耐えていた正臣だったが、両手を臨也の首筋に回し思い切り抱き締めた。
普段の行為中に正臣から求めてくることは0と言っていい程に無い。目を見開いた臨也だったが、羞恥に頬を染める正臣をにやりと笑い愛撫の手を止めた。

瞬間、全身に電撃が走ったような快感が正臣を襲う。
臨也が律動を開始させたのだ。
だがそれでも臨也を抱き締める力が緩まることはなかった。

「…今日は機嫌がいいねえ」
「ふ、あぁ、あ、…や、ああ…ッ」
「正臣くんだけじゃなくて、俺もなんだけど」
「ん、あ、ふ…んああぁっ!」

漏れ出る声を抑えようとせず成すがままに身体を蹂躙される正臣。
臨也は「可愛い」、と独り言のように呟き、行為に集中する。
段々と速まる突き上げに耐えられなくなった正臣は、臨也を強く締め付け欲望を吐き出した。
正臣が二度目の絶頂を迎えたことを確認し、先程よりも激しく腰を打ち半歩遅れて臨也も同じように欲望を吐き出した。



―――――――――――



事後特有のまどろみに包まれながら、二人はぼんやりとベッドに寝転んでいた。

既に赤みを失ってしまった月を見上げながら正臣は頬に涙が伝うのを感じていた。
行為による性的なものか、それとも感情による涙か。
ぺろりとその雫を舐め取った臨也は、静かに、ただ静かに微笑みながら正臣のさらりとした髪を梳く。

「怖くないよ」
「っ、」
「どこにも行かないから。俺はずっと正臣くんの傍に居るから、大丈夫だよ」

その穏やかな言葉を皮切りに、正臣は溜め込んでいた涙を溢れさせた。
嗚咽を洩らす正臣の額にキスをし、赤子をあやすように頭を撫でる臨也。
その行動にさえ言い切れない優しさを感じてしまい、正臣は何も言葉を発することもできないままに泣き続けた。

「…ふ、…っ、いざ…さ、」
「はいはい良い子良い子」
「うえ…、え…」
「全部背負い込む癖直しなよ。君は一人じゃないんだからさ」

そこまで言葉を続けたところで臨也は背に浮かぶ赤い月を皮肉るように一瞥した。
その困ったような笑みが珍しく、涙を拭いながら恋人の頬に手を伸ばす。
恋人繋ぎをするように緩く手を重ね合わせた臨也は、本人にも珍しいだろう喜びにも慈悲にも相容れない笑みを形作る。

「皮肉だなあ」
「…え?、」
「君は、正臣くんは俺の瞳を月食の月の色って例えたよね?」
「…はい」
「月食って言うのは地球が太陽と月の間に入り込んで、地球の影が月にかかることで月が欠けて見える現象のことなんだ」

月食については正臣にも知識はあった。
なんとも複雑な表情で笑んだ臨也は、もう一度正臣の髪をさらりと梳く。

「赤銅の色に染まった月は、悪魔や魑魅魍魎達が蠢く印とされていてね。不吉なものだって恐れられてたんだ」
「…ちみ、もうりょう」
「要するに怪物さ」

自分で発した"怪物"と言う単語に渇いた苦笑を洩らす臨也。
迷信にも近い月食の話に怖がる歳でもない。
今やデュラハンやら生首やらが存在する漫画のような世界を知ってしまったのだから尚更である。
しかし臨也は人間達に恐れられる不吉な象徴に例えられたことが、何とも言えない感情を生み出してしまった。

例え話くらいで何だ、と大抵の人間はそうなるだろう。
が、全人類を愛していると自称しているその男はどうやら妙な所で傷を負ってしまったらしい。

「(…かわいい)」

正臣はぽろりと溢れ出そうになった本音を押し込み、自分にされていると同様に臨也の艶やかな黒髪を撫でた。
折原臨也と言う人間は自分の快楽の為に人の心を平気で踏みにじる男だ。
だがその真は驚くほどに脆く、同時に酷くずれた感性を持っている面もある。

拗ねるように口先を尖らせた子供のような表情にに自然と口元が綻ぶ。
それにつられて頬を緩ませた臨也。
クスクスと二人で笑い合い、遊ぶように指を絡ませながら既に白んだ月を見上げた。

やはり月は臨也に似ていると思う。
本人がどれだけその事実を拒んでいても、それは変わりようがないのだ。
ある時は人を拒むように浮かび、ある時は寄りそうように近く光り輝くそれ。
正臣がいつか狂うほどに恋焦がれた孤高の光は、いつか道に迷う人を照らしだす希望となる。
そして、その赤い瞳でまたいつか人を惑わせるのだ。


「…臨也さん」
「ん?」

「愛してますよ」


珍しく悪態をつくこともなく本心からの言葉を放った正臣に対して、臨也は驚いたように目を見開いた。
答えを聞かないままにそっぽを向いた正臣の胸中に渦巻いていたのは、気恥ずかしさでも怒りでもなく、ただ漠然とした不安だった。
肌を重ねるこの行為すら、ただの性欲処理と割り切ってしまえばそれまでなのだ。
何度愛していると囁き囁かれてもこの幻想が続く理由には成り得ない。

どこか慰めるように抱き締めた臨也の体温を感じながら、正臣は再び瞼を伏せた。
考えたのはほぼ確定した未来。
数年前は赤い月に手が触れたと驕った為に蹴落とされた。
今は赤い月に愛されていると錯覚しているだけだ。

その赤い月がいつかまた人を惑わすのと同じように。
自分もいつかまた、利用され捨てられる。


「…俺も、愛してるよ」


吹き抜けた甘い吐息に目を細めながら、正臣は振り返りざまに小さく臨也に口付けた。
見放されると確信していながら、どうしようもなく愛してしまう。


赤い月が、嗤った。



地球の伝言板
どこからすれ違った。











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