ぽつり、ぽつり。
アスファルトの上に断片的な染みを作りあげていく雨は、次第に少年の身体まで染め上げ始めた。身動ぎ一つせず、ただ黙ってそれを受け入れる少年は、小さく自嘲の念を吐き出した。

「分かってる」

自らに言い聞かせ、やりきれない苦悩を胸に押し込もうとしても、蘇るのはあの黒い衣服に身を包んだ男だけ。
感傷にひたる間も無く、怒りと虚無感だけが彼の胸を覆い尽くした。
逃れる術は無い。
雨の痛みとその冷たさが、確かにそう言っていた。


――――――――――――――――


「臨也、さん」

正臣がすがるような、か細い声でその名を呼んだ。それとは対照的に口元を歪めた臨也は、目の前に散らばった携帯の残骸を見て、更に笑みを深める。

「やあ、正臣くん。外、すごい雨降ってるね。びしょ濡れだよ」
「あんた、は」
「ほら、拭きなよ。上がって?」

笑みを張り付けたまま、正臣にタオルを差し出した臨也。瞼を伏せ、低く唸った正臣は、タオルを叩き落とし臨也へと掴みかかった。

「あんたは!!」

勢い良く壁に押し付けられた臨也は、一瞬眉を寄せる。だが、まだ歪んだままの口元を見た正臣は、吠えるように呪詛を吐き出した。

「なんで、なんでこんな事するんですか!!お、俺は、あんたを、ずっと…信じて…!」
「こんな事?俺が何したって言うんだい?」
「あんたが俺を裏切ったんだろ!!」
「は…裏切った、ねえ」

臨也はその語句を鼻で微かに笑い、自らの胸元を押さえつける手を包み込んだ。予期せぬ動作に強張った正臣は、慌てて身を引く。
が。

「正臣くん」
「、」
「裏切った、なんてどこからどこまでの行為の事を言うのかな。それは人それぞれ相応の価値観で決まる事情だし、それなら俺がとやかく言う必要も無いんだろうけど。まあ、その境界線を探すなんて生きる時間の中でただのタイムロスにしかならない。関係の無い存在から見れば、常識外のどうでも良い内容だ」

正臣は温度を失くしたその瞳に、腹が底冷えするのを感じた。

「でも俺はその常識外の一抹として言わせてもらうよ。俺が君にいつ親交を許した?一目会った時から?一緒に食事をした時から?キスをした時から?身体を許した時からかい?違うだろ。全部全部全部全部君の勝手な依存だ」
「いざ、」
「楽しかったかい?自分より格下の相手を従わせる事が出来て。楽しかっただろうねえ。は…、知ってる?物事には必ず得るものと失うものがあるんだ。君は一時の優越感と勝利、その引き換えに、黄巾族と彼女を失ったんだよ」

精神的暴力と言っても過言じゃ無いほどの勢いで、次々と吐き出されていく言葉。正臣はその並びたてられた数々に、ただ立ちすくむことしかできなかった。

「正臣くん、大丈夫だよ。全てが君の責任であり過失だ。けれども俺が居るじゃないか」
「いざや、さん。俺をおちょくってるんですか、」
「違うよ。俺は情報屋だ。君には俺と言う情報屋がついてる。だからもう一度、もう一度全て俺に頼りきって、楽になれば良い」

その言葉に、正臣は全身の血が逆流するのを感じた。
堪らずに強く壁を殴りつけ、血が滴る拳で臨也を殴りつけようとした。
殴りつけようと、した。

「…あん、たは」
「正臣くん」
「どこまで、あんたは卑怯なんだ…!!」

拳は空で威力を弱め、力無く壁へと血痕を残した。臨也の瞳は既に温度を取り戻してる。
正臣は、震える足で床に崩れ落ちた。

「…もう、俺は」

表情上ではそれを消しているが、臨也は内心目の前の少年に笑みをこぼしていた。それは彼の人間が好きと言う性癖の結果では無く、一個人としての喜びだった。

(ねえ、正臣くん。)
(君さ、「俺を裏切った」って。)
(君自身の言葉であって、沙樹ちゃんや君の仲間が含まれて無いってこと、自覚してる?)
(それが君の本音であって、本心なんだよ。)
(君は、もう俺から逃げられない。)



【神様ごっこ】

情報屋の俺としても、
一個人の俺としても、
もう君は、俺に依存してしまった。








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