"ねえ正臣くん。"
"俺が死んだら、どうする?"


正臣は臨也の嘲るように放たれたその言葉になんとか表面上では隠しているが、内心多大な衝撃を受けていた。

現在深夜1時過ぎ、いつもの気まぐれで推理物のDVDを持ってきた臨也につられ、正臣は眠気をこらえながらそれに付き合っていた。丁度その映画内で脇役の女性の死因が究明された後、なんとも言えない複雑な笑みを浮かべた臨也からのその一言。
いつもの正臣なら鼻で笑うか得意の無視で切り抜けていたことだろう。だがそれも深夜独特の人恋しさと、いつもとは何かが違うその笑みに引っかかり何も返せなくなっていた。
どういう意味だ、と何とか言葉を発しようとするが、それさえも臨也の笑みに黙殺される。

「俺さ、ほらこんな仕事柄じゃない?人間を窮地に貶めるのは慣れてるんだけど因果報復ってやつでいつか俺も殺される時が来ると思うんだよね」
「…自覚してて性質の悪い…直してくださいよ、ああもう」
「まあそれはそれで一つのお楽しみなんだけどさあ。問題がその後なんだよね」
「その後?」
「そ。ああ、後って言っても俺がどうなるって意味じゃないよ」

"正臣くん達がどうなるのかが知りたいんだよね"、と小さく呟きソファーの背もたれに豪快に寝そべりながら自嘲にも似た笑みをこぼす臨也。相変らず訝しげな視線を向ける正臣だが、柄にもなく何故か鼓動が速い。
正臣はまったくの無関心を装いながら、こてりと頭を臨也に預けた。

「どうなるんでしょうね。…俺にも分かりません」
「自分のことだろう?把握しときなよ」
「俺は臨也さんみたいな性質の悪い人間じゃないんで。いいんですこのままで」
「手厳しいなあ」

くつり、と喉の奥底から沸き起こる笑い声。珍しい正臣の行動に気を良くしたのか、臨也は上機嫌に正臣の髪をさらりとすいた。
その手付きがいやに柔らかで、思わず目を細めて小さく身体に擦り寄る。ああ、気持ちいい。ふわりと嗅ぎ慣れた花の香りが鼻腔をかすめた。
そんなやんわりとした空気に魔を刺すように、テレビから聞こえてくるBGMがより一層大きくなった。

『あんたにこの人の何が分かるの?ねえ、どうなのよ』
『お前が殺したんだろ!?俺は知ってるんだ、そいつはなあ…』
『違う!俺じゃない!だって、だって俺は、あいつと結婚をしようって、それで、』
『言い訳は聞きたくないな、おい!さっさとこの殺人鬼を縛り上げろ!」
『違うって言ってんだろ!もういい、何なんだこの館は!俺は、俺はこの人を愛して、』

「はは…迫真の演技だねえ。本当にこんなベタな展開になるとは思えないけど」
「それは…、知りませんけど。あ、銃持ちましたよ」
「ああ。確かそいつが自分に銃向けて、」

どーん。臨也の間の抜けた合図と共にテレビから同様の銃声が響く。目を見やれば男が自分の頭部に銃を構え既にそれを撃った後だった。
余りにもタイミングが良すぎることと説明するような口振りからみれば、過去にこのDVDを見たことがあるのだろう。理不尽な気まぐれに正臣は舌打ちし、笑みを隠さない臨也を睨みつけた。

「…知ってるならなんでわざわざ」
「いや、たまにはこんなこともいいかなって」
「馬鹿らしい。俺もう寝るんで」

つい先ほどまで寄りかかっていたその肩を一瞥しソファーから離れる。分かっていたことだが、この人の性格には本当に呆れるしかない。正臣が振り返りざまに睨みつけようとすれば、いつのまにか自分の背後に立っていたらしい臨也に強く抱き締められた。

「、わっ」
「拗ねないでよ。別に君をからかいたくて来たんじゃないんだから」
「…信用ならないんですよ」
「それにまだ質問の答え聞いてないしね」
「それは」

"質問"と格上げされたその内容は実に現実的て下卑たものだ。自分が死ねば正臣はどうなるか、それだけに興味の一点を集中させた臨也を止める術など正臣は知る由も無い。
しつこく腰に手を回し逃走を拒む臨也の頭を乱雑に撫で、正臣は小さく息を吐き出した。
内心、正臣は自分でもどうなるかが予測できていなかった。絶えずミステリー映画の錆び付いたBGMを流しているテレビ。男女の悲鳴が交差し、正臣を責めるように金切り声があとに続く。
正臣はその内容にはっ、とした。

『あんたのせいでこの人が死んだ!この…、っ殺してやる!』
『お、落ち着けよ。落ち着けってば、』
『あああ、あ、ああ、っ、』
『うわあ、ああ!』

「ああ、そうだ」
「ん?なんだい?」
「それです、それ」

正臣は絡まる腕を無視し、無理矢理にテレビを指差した。残酷とも言えるその状況を作り出しているそれを子供のように無邪気に指差す正臣。臨也はきょとんと目を丸くさせ、訝しげに小首を傾げた。

「…何が言いたいの」
「だから、分かったんです」
「何が?」
「その映画みたいにきっと俺は臨也さんを殺した相手を殺します。そんで、後追い自殺ってやつっすかね」

何の悪意も善意も無く、ただ自分の行動推測を告げる正臣。一瞬臨也は目を大きく見開き、その言葉によりじんわりと広がっていく歓喜と期待に静かに口元を歪ませた。
その答えが予想外だったのか、それとも予想範囲内だったからなのか。喉の奥底を這うような笑い声を響かせ、自らを強く抱きしめた臨也の髪をふわりと撫でる。しなやかな黒髪が指をさらりと通り抜けた。

「は、は…ははは!これは…っ、嬉しいなあ正臣くん!俺が死んだら君も死んでくれるなんて!」
「馬鹿ですね臨也さん。俺が先に死ぬかもしれないんですよ」
「しょうがない、ここまで言われたんだからその時は俺も君を追うことにしよう」
「…馬鹿じゃないんですか」

正臣は臨也の抱擁を煙たがるように眉を潜め、テーブルのリモコンを手に取りDVDを取り出した。画面は瞬間的に消失し、ただ真っ黒な闇が映るのみ。それが鏡のように反射して臨也を映し出せば、未だ笑みを浮かべているのが見えた。
ああ、厄介な約束をしてしまったものだ。恐らく先に死ぬのは断然自分の方が確率があると言うのに。冷徹にすら思えたその赤い瞳を正臣は見つめ返した。

「でも、あんまりあんたに汚いことさせたくないんですよ」
「は…今更だろ、そんなの」
「そんなもんでしょ。大体人間なんて」
「じゃあさ、そのDVDみたいな内容の末路は止めにしようか。俺が君を殺して、君が」

正臣くんが俺を殺してよ。
そう続いた口元に浮かぶ笑み。
本当に厄介な奴に惚れてしまったものだと正臣は目を細くし、鋭く光った瞳につられるようにして臨也に口付けた。やわらかな感触と共にするりと腰に回ってきた手をはたき落とし、むっと顔をしかめた臨也に小さく微笑んだ。
ソファーに再び座り直し、隣を促す正臣の勝ち誇った笑顔に臨也は苦笑を吐き出す。

「やっぱ続きみたくなったんで。もう一度観ましょうか」
「…仕方ないなあ」

臨也は淡く光る正臣のピアスを撫で上げ、降参とばかりに苦笑いを浮かべながらソファーに腰掛けた。もう一度リモコンを手に取り、止めたDVDを再生する。

(馬鹿だな、本当に)
(俺が臨也さんを殺せるわけが無いじゃないですか)
(だからあんたの腕の中で、)
(俺は一生を閉じよう)

正臣は先ほどと同じように臨也に身体をあずけ、そう決意し目を閉じた。


僕達の適正距離


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箱庭入場許可証の氷室乙夜様に、相互リンク記念として捧げます。
うわあお題が「二人でDVD」とのことだったんですが途中からカオス!(´;ω;)
しかも私情で遅れてしまい本当に申し訳ありません!
こんなんで良かったらどうぞ!いつでも書き直します。
ありがとうございました!





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