青いリボンをアクセントにした大人っぽいチョコを一つ買うと、正臣と波江は店を出た。
暫し談笑しながら散歩していたが、波江が用事が出来た、と別れてしまった。そのとき鳴り響いた彼女の携帯の着信名が"この世に要らない奴"だったことについては触れないでおこう。

さて、どうするか。
チョコは手に入れた。心持も大丈夫、加えて目的の人物は甘いものが好きときた。
だが問題は一つ。


「…どこに居るんだよ」


仕事中に押し掛けると言うのはあまり好ましく無いが、夜に用事でも入っていたらどうすればいいのか。
迷惑がられること覚悟で正臣は必死にあの人物を探す。

どこかに自販機が飛んでいる路地が無いか。
看板が歪にひしゃげて放置されている道路は無いか。
暴発寸前の怒りを撒き散らす、獣の唸り声のようなあの声はしないか。

だが正臣の淡い期待に反し、どこをどんなに探しても愛しき人の姿は見当たらない。
大体探す側ではなくいつも"見つけられる側"なのだ。
そう簡単に事が運ぶわけなく、約2時間ほど街をさ迷い歩いたが、影さえ見つけられない。

改めて考えてみれば正臣は何も知らなかった。
彼の電話番号も、彼の家も、彼の予定や仕事日程についても。


「馬鹿、だ…俺…」


公園のベンチに座りながら荒く息を吐く。
会いたい気持ちだけが先走り、思わず全力疾走したのだが何ら進展は無い。


「(静雄さん)」


―――俺はここに居ますから。


「はやく、来て」


チョコを抱え込みながら、正臣は疲労した身体に釣られそっと瞼を閉じた。


―――――――――――――――――――


どれくらいの時間が経っただろうか。
ぼんやりと霞む思考で、ああ夕焼けが綺麗だ、と拡散する空の赤をぼんやりと見つめる。
2、3秒ほど時が停止し、正臣は慌ててベンチから跳ね起きる。


と。

「よお」
「っひ、」
「"ひっ"ってなんだよ"ひっ"って」
「しず、お…さん…」
「良く寝てたじゃねえか。どうした、鬼ごっこでもしてたのか?」


混乱する胸中、まさかあんた等じゃあるまいし、と口先まで出かけた言葉を何とかして飲み下す。
あれだけ探しても会えなかったのに、見つけられる側になると何故こうも簡単なのか。
二人してベンチに座りながら、意味も無く夕焼けを眺める。


「…静雄さん」
「んー?」
「今日何の日か知ってますか?」
「今日?確か…なんだっけ」


曖昧な静雄の返事に自然と顔が綻ぶ。
背中にチョコを隠し持ちながら、こてり、と身体を預けた。


「っおま、近い、」
「近づいてるんですよ」
「ちょ、…まさ、おみ」
「今日はバレンタインデーですよ。好きな子とか、仲の良い人にチョコを送る日」


夕焼けか照れのせいか、ふと静雄を見上げれば赤く色付いた頬がそこにあった。
腕に擦り寄り、半ば抱きつくような態勢でチョコを静雄の手の平に乗せる。


「好きです、静雄さん」


静雄の頬にそっと唇を押し付ければ、目を瞬いた瞬間には今にも弾け飛んでしまうのではないか、と疑うほどに紅潮するその顔。
照れた様子は何回か目にしたことがあるが、今回のような激しいのは初めてだった。
照れ隠しか何か、視線を明日の方向に逸らし、小声でありがとう、と言ったのが聞こえた。

その横顔がどうしようも無く愛しく、可愛らしく、思い切って首筋に甘噛みすれば小さく悲鳴が聞こえた。


「……ばかやろ」
「静雄さんの真似っこ」
「…怒るぞ」
「優しくしてくれるならいいよ」
「このマセガキ」


こつん、と頭を小突かれ、自然と笑顔が溢れる。
まだ色を落とすことのないその頬を指でなぞる。
嬉しくて、嬉しくて、どうやってもこの幸せを言葉に形容し得る術が無いから。
少年は、今日も愛しい彼と共に笑うのだ。

出会ってくれて、ありがとう。





夕焼け人魚
どうかこれからはあんな無防備にしないようお願い致します。




\シズちゃんルート/





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