九瑠璃と舞流に生クリームが足りないと言われて近場のスーパーまで買出しに来た正臣。
寝室に調理器具を取りに行き、もし起こしてしまったりでもしたら。
臨也の寝起きが人一倍悪いことを正臣は誰よりも理解していた。

かごを片手にお菓子調理材料の方へと足を運べば、そこには何故か見慣れた姿が。


「あれ?帝人じゃん」
「あっ、正臣?」


私服姿でかごを持ちこちらを振り返ったのは親友の竜ヶ峰帝人だった。
一人暮らしに慣れ、悲しくも嬉しくも既に彼は一端の自立した男であり、そのかごの中に無駄な食品は見当たらない。


「珍しいね、正臣がスーパーなんて。何かの買出し?」
「そうか?あーちょっと生クリームが無くてさ」


正臣が発した単語が不可解だったのか、生クリーム?、と口の中で反映させてから帝人は生クリームの袋を手に取り、正臣のかごの中に入れた。


「おっ、サンキュ」
「何に使うの?」
「はは、ちょっとお菓子作りで」
「…もう一度聞くけど、何に使うの?」
「え…だからちょっと、」


一瞬だけ親友の裏の面が覗いた気がした。
ちらり、ちろちろと。静かに、ただ静かに冷徹に、帝人の笑顔が絶対零度へと変化を遂げる。
正臣がその変化に気付き距離を取るより早く、帝人は正臣の腕を引き、互いの顔を鼻先が触れ合うぎりぎりの位置にまで引き合わせる。


「僕はさ、何に使うかって聞いたんだけど」
「みか、みかど、ちか…、そんな生クリーム買うくらいで、」
「買うくらいで、なに?正臣さあ、本当分かってないよね。本当にただのお菓子作り?やらしいことしないって言えるの?ねえ、正臣」


急速に沈む帝人の声音に正臣の鼓動が早まる。
スピードを上げるポンプは、羞恥からか不安からか、正臣の中で激しく蠢き続ける。
黒く冷たい深海に重しを付けて真っ逆さまに落ちていくような、抗いようの無い、底無しの恐怖と耳朶を打つ重い吐息。


「…臨也さんの香りがするのは、何で?」


一番聞かれたくない質問を、この状態で回答しなければならない。
主婦らしき人と目が会う。気まずそうに目を逸らしたその人を見て、正臣は俯いたままに帝人の耳元で、「買い物が終わってからまた会おう」と提案した。


――――――――――――――――


生クリーム以外にも足りなくなりそうな他様々な物を一通り買い終えた正臣は、帝人が同じように出てくるのを入り口でずっと待ち続けていた。
吐く息が白い。何しろ考えればまだ2月なのだ。
露出した部分の肌に冷え切った空気が溶け、徐々に体温を奪っていく。

不意に空を見上げようとした所で、何者かの腕によってスーパーの裏路地部分へと引きずりこまれてしまった。


「正臣、しー」
「…ッ、」


それは口元に人差し指を立て、黙って、と視線を投げる帝人だっだ。
この細い腕のどこにこんな力があるのか、と眩む正臣に、先程と一寸も違わぬ黒い笑みで帝人が正臣の首筋を撫でる。
凍え切った肌を帝人の熱い指先がなぞり、思わず甘ったるい声が抜けた。


「正臣、顔エロい」
「な…っ!」
「僕なんかに引っ張られて押し負けてるくらいじゃ臨也さんに抵抗出来ないんじゃないの?」
「…そんなこと、」
「あるだろ?で、さっきのことだけど」


正臣が俯かないようにか、帝人はしっかりと彼の両頬を押さえ、無理矢理に焦点を自分の顔へと定めた。
どさり、と重量感ある買い物袋が崩れ落ち、また互いの距離が縮まっていく。
帝人がくすり、と笑みを漏らしたと思えば、唇に熱い温度が触れた。


「正臣さ、仮にお菓子作ったら誰にあげる気?」
「それは…その、だから」
「だから?」
「……みか、どに…」


強引に合わさった視線は熱に変わり、もう一度帝人が口付けを落とす。
良く出来ました、と言わんばかりの笑みに苦し紛れに目を瞑るが、どう捉えられたのか、今度はより深く口付けられ、舌が歯の羅列を厭らしくなぞる。


「み、か…ど、」
「ん…何」
「俺、そろそろ、ふ…ぅ、行かなく、ちゃ」
「……じゃあ保険掛けとくね」


帝人の不自然な言動に首を傾げたのも束の間、帝人はポケットから一枚のチョコを取り出し、咥えたそれを正臣に口移しすると共にもう一度深く唇を合わせた。
チョコの甘さと帝人の苦し気な吐息が正臣の欲情を駆り立てる。と、帝人は携帯を取り出すとその光景を写真に取り、止める間も無く素早い手付きで誰かに送信した。


「ちょ、帝人!」
「臨也さんこれ見たらどんな顔するんだろうね。ほら、正臣行っていいよ。僕から釘刺しとくから」
「釘、って…」
「じゃあ正臣、」


また夜会おうね、と。
正臣の首下に自分のマフラーを掛け、買い物袋を手にした親友はもう一度笑顔を零し去っていった。マフラーを掛ける際に、耳元で「上手に帰ってこれたら今夜は優しくしてあげる」と妖艶に囁くのも忘れずに。

赤く火照った頬を隠すように、帝人の肌触りの良いマフラーに顔を埋める。
帝人のキスの感触を思い出しながら、正臣はどうしたらこの危機的状況を切り抜けることが出来るか重く深く溜息を吐いた。





とある純情少年について
純情少年、ダウト。




\帝人ルート/





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