何故キッチンではなくて寝室に調理器具が置いてあるのか疑問しか沸かないがあるならば仕方が無いだろう。 正臣は眠りについているであろう臨也を起こさないように、控えめにノックをしてから寝室へと足を踏み入れた。 扉を開ければ、ほんの少し薄暗い室内に静かな寝息が溶け合っている。 見慣れたベッド。見慣れたカーテン。 どくり、と過去の記憶が蘇り、不意に下腹部が疼いた。 「(そんなことよりも、)」 辺りを見回してみたが、それらしきものは見当たらない。 ふと上を見上げれば、丁度クローゼットに乗っかる形でそれらしき箱が顔を覗かせているのが見えた。 ギリギリ正臣の手に届かない位置だ。何か足を任せられる物はないか、ともう一度辺りを見回し、 「ねえ」 「ッ、」 「何で居るの」 後方から響いた、若干の苛つきと不快を含んだ声。 ゆっくりと振り向いたそこには怪訝そうに顔を顰めた臨也が起き上がろうとしていた。 「ごめ、すみません起こしましたか」 「いや、いいから。何で居るの?」 「…え、だってあんたが来いって、寝惚けてるんですか?」 臨也は毛布を剥ぎ、ハア?、と小さく吐き出したと思えばちょいちょいと正臣を手招きよせた。 矛盾している言動に困惑しながらも近づけば、力任せに腕を引っ張られ重力のままに倒れこんでしまう。 悲鳴も口元に押し付けられた臨也の手によって閉じ篭り、抱き止めた臨也はまた同じく力任せに正臣を抱き締めた。 「っくるし、」 「誰か来てるの」 「え…あ、臨也さんの妹さん達が、知らなかったんですか?」 「はあ!?あいつ等が?なにそれ、俺誰も呼んでないんだけど」 「…迷惑なら帰ります」 「いいよ、せっかく来てくれたんだから居なよ。どうせ夜に呼ぶつもりだったし」 「呼ぶ、って」 夜という単語が気になったが、恐らく予想通りなので深追いするのは止めにした。 鼻腔をくすぐる臨也独特の花の香りに顔が熱くなり、腰に回された手を途端に意識してしまう。 それらしい抵抗も出来ずに上目遣いで臨也を見つめれば、柔らかく額に触れる唇。 「正臣くん、チョコの香りがする」 「…あ、チョコ…舞流ちゃん達と作ってたから」 「あいつ等と?」 舞流達の名前を口にした瞬間、和らいでいた表情が急に険しいものになった。 驚きと呆れと、少しだけ不安の色が混じり、困ったように正臣の髪にするすると指を通す。 厭らしいことされてない?、と耳元で囁く臨也の吐息にすら身体は応えてしまい、息を詰まらせる正臣に機嫌を良くした臨也は、震える少年に深く深く口付けた。 「ふ、…ぅ、っあ、」 「チョコ、誰にあげるの」 正臣の唇の感触を味わいながら、更に舌を絡ませる臨也。 酸素切れで喘ぐことさえ辛い正臣に問いかけても答えは返ってこないと知っていながら、尚も臨也は会話を続けようとする。 「バレンタインだよ、今日。好きな子とか、お世話になってる人にチョコを渡す日」 「いざ、いざ…ん、ぁ、…さ、」 「ね、正臣くん。チョコなんていらないからさ、」 正臣くんのこと、ちょうだい。 子供がそのまま形だけ大人になったような。優しく、甘ったるく駄々をこねるように臨也が正臣に頬を擦り付け、首筋をやんわりと甘噛みしていく。 腰の抜けた正臣がそれを制止しようとするが、力の入っていないその手は臨也の頬を滑り、逆に欲情を加速させただけだった。 バレンタインくらいいいか、と臨也の背に手を回し、キスマークを付けられる度に零れ出る甘い声も、しなる身体もそのままにする。 快感と熱に潤む視界をどうすることも出来ず、正臣はただ臨也の名前を繰り返した。 寝室から微かに漏れる喘ぎ声を聞きながら、クスリと笑む少女二人。 三つ網の少女、舞流は臨也の携帯を片手に。ショートカットの少女、九瑠璃は録音機片手に扉に張り付きながら情事最中を盗み聞きしていた。 「それにしてもイザ兄もキザだよね」 「…格…付…」 (「ねえ、イザ兄。紀田先輩の誕生日っていつ?」) (「教…?」) (「…6月19日だけど、どうした?」) (「ううん、なんでもなーい」) (「…秘…」) 黒猫監視態勢 とある情報屋の携帯のパスロックは恋人の誕生日らしい。 \臨也ルート/ |