【フリリク】加奈子様 黄巾賊時代の正臣と臨也。事件後の二人を正臣視点でシリアスに。最後は臨也視点で。 雨。 ザアザアザアザア。 止むことの無い雨が、少年が心を折られたあの日から止むことすら忘れた雨が降り続けている。 ガラス窓に激しく雨が叩きつけられる音に目を覚ました正臣は、シーツにくるりと包まれたまま赤く泣きはらした瞼をごしごしと擦った。 ぼんやりと霞む視界の中で遠目に時刻を確認し、何の着信も無い半壊した携帯のディスプレイ画面を見つめる。 「(……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)」 携帯からだらりと垂れ下がった二つのストラップにどうしようもない嫌悪と吐き気を覚える。ぶつり、と布を裂く音すら忌々しく、そのままその一つを壁に思い切り叩きつけた。 一つは病院で未だ眠り続けている少女、沙樹におそろいであげた物だ。 もう一つはあの事件の発端――――折原臨也に貰ったストラップ。 そこまで思考を回転させた所で正臣は喉奥に酷い異物感が迫っているのに気付き、慌ててトイレへと駆け込んだ。 便器の中にその異物を吐き出そうとするが、出てくる物は固形では無く黄色身を帯びた胃液がびちゃりと音をたてただけだった。 「(もう4日何も食ってない)」 せめてプロテインくらいは腹に溜め込まなければ、と理屈では理解しているがどうしても正臣の体は食物を受け入れようとせず、全てが体外に吐き出されてしまう。 洗面所で顔を滅茶苦茶に洗い髪をかき上げれば、鏡に映る自分の酷い顔が目に入り小さく自嘲の息を零した。 タオルを片手に正臣は小さく恋人の名前を呼ぶ。未だ目覚めることの無い、目覚めたとしてももう二度と共に笑い合うことはできないだろう恋人の名前を。 これから先、何があっても忘れることはできない。 何をしようとされようと、何を考えていても例え他の人間と愛を語りあったとしても。 正臣の心に絡まる黒い虚無感は、一生影のように後を付いて回る。 その虚無感の中、一際黒く色立つのは臨也の色だ。 目を瞑れば溢れ出るのはと真新しい憎悪、体に染み込んだ快楽と既に薄汚れた愛情のみ。 今の自分の顔を見て、臨也はどう言う表情をするのか。 分かりきった嘲笑が降り注がれるのか、それとも人間らしさに喜びの色を称えるのか。そんな中、もしかしたら罪悪に満ちた顔をしてくれるのではないかと言う最早願望にも似た思いが正臣の心中に充満する。 「(違う。あいつは、臨也さんはそんな奴じゃない)」 もしかしたら。 言葉が正臣の心を埋め尽くし、どうにか一番傷つかない方向へと現実を転換しようとする。俗に現実逃避と呼ばれるそれに縋ったとしても、正臣の現状が変わる訳ではない。 閉じた口から情けなく漏れ出す嗚咽につられ、様々な思いが正臣の胸中で交差する。 本気で信じて居たのだ。 つい4日ほど前まで共に愛を語り共に囁きながら体を重ねたにも関わらず、何の兆候も無く握った手を振り解かれた。いつもと同じ、何の変哲も無い笑みのままで下へ下へと突き落とされた。それに対して正臣は抵抗らしい抵抗もできず、成すがままに暗闇へと下る。 沙樹と言う彼女が居る中で彼に抱かれた正臣が何度泣き、罪悪感に崩れ落ちそうになったか数え切れない。そんな中、壊れそうな心に優しさを満たしてくれると信じ縋った人物はやはり折原臨也なのだ。 信用出来ない大人がはびこる視界の中で、唯一愛と居場所を提供してくれた臨也。 一時の快楽を自分から求め、自分から道具へと成り下がり、散々遊ばれ捨てることさえ忘れられた。 "愛してる"。 この5文字は臨也にとってただの音だった。 発することに何の感慨も抱かず、目の前で乱れる正臣を心中で嘲笑いながら、まだ幼い少年には強すぎる快楽を与え続ける。 もし同じような境遇の者が居たならば臨也は迷わず面白くなると踏んだ方を選んだのだろう。 結局、求めていたのは自分だけだ。 「……ッ、う…あぁぁ…あ、っ…!」 溢れ出た思いは憎悪と後悔だけではない。 紛れも無い悲しみと、ボロボロに擦り減った愛情。 絶え間なく床に零れ落ちる涙は過去を清算する道具には程遠く、正臣の心が泣いた。 ―――――――――――――――― 白と黒を基調とした一室の中、唯一生活感を醸し出すのはデスクに広がる書類と徐々に葉が垂れ下がりつつある観葉植物だけだ。 固くも柔らかくも無いソファーに無造作に寝転がり、ぼう、と携帯を眺めていた折原臨也は曖昧なため息を吐いた。 あの事件から4日。 紀田正臣は今頃どうして居るのだろうか。 携帯をくるくると弄び、あの日少年が臨也に縋った証拠となる着信履歴を一件ずつ消去していく。 動作に合わせて揺れ動く正臣とおそろいのストラップ。 メッセージが残された物は一つずつ開き、これから聞くことも無くなるだろう正臣の声を耳に焼き付ける。 『臨也さん、ブルースクエアの奴らが沙樹を攫って…っ、どうしたらいいんですか、臨也さん…!臨也さん、臨也さん!』 『どうして出ないんですか?臨也さん、早く来てくださ…、』 「はは…、実に滑稽だ」 『俺、もうどうしたらいいか…、仲間もやられて、あいつ等も居なくて、』 「襲え、って命令したのは俺だしね」 『臨也さん、臨也さん、』 「呼んでも俺が行く筈無いのに。仕組んだのは全部俺なのにさあ」 『臨也さん、』 「…正臣くん」 『助けて、』 そこでメッセージは途切れていた。 まだ性の意味も曖昧な幼い少年の手を引き、どうやったら事が面白い方向へと紡ぐことができるかを重視し、上手く餌付けを施した。 飼い主は臨也、従順な道具は正臣、与えるものは"愛"と言う積み上げるしか脳の無いありきたりな餌だ。そこに快楽と正臣の居場所と言うボーナスを織り交ぜ、即席の恋人ごっこを披露した。 「(まあ、それを積み上げたのも崩れ落としたのも俺だけども)」 臨也の表層では非常に良い結果が見れたと自己満足していた。 だがどうだ、事が終わってみると彼の心の内を満たしたのは気だるさと孤独、何とも言えない焦燥。 頭の隅に正臣の泣き顔がちらちらと姿を表しては臨也の名前を泣き叫ぶ。 時には向日葵にも似た晴れやかな笑顔が過ぎり、また時には切なげに艶声を洩らす正臣が蘇る。その度に臨也の胸奥はこれでもかと言うほどに強く締め付けられた。 親友である闇医者の新羅にも新手の病気かと相談してみたが、「それは恋だよ」とだけ返事が返ってくるだけで何の進展も無く時間だけが過ぎていく。 10時48分を示す携帯を眺め、この時間ならばいつも正臣が菓子を持ってインターホンを押す頃だろうとぼんやりと天井を見つめた。 だが正臣が来ることはもう二度と無い。来るとすれば臨也を殺す為だけ、ただ会いたいが為に来たと笑う少年は過去の産物へと成り果てた。 「…く、はは……っはははは、はは…、っ」 喉奥から絞り出すような笑いが臨也一人の空間に木霊し、音を紡ぐ雨にのせられ悲痛な孤独感を強調する。 たった10年弱しか世界を知らない少年に、自分までもが依存していたと言う事実に笑いがこみ上げたがそれも数秒で収まり、ぽっかりと空いた感情の穴を虚しく刺激するだけだった。 もう二度と戻ることは無い。 甘い幻想に彩られた夢は続くことなく、作り出した臨也自身で強制的に壊された。 これからは他人以上知り合い未満と言う細い道を歩み、一生関わることなく、まるで最初から出会っていなかったと錯覚するほどに遠く生きていくのだろう。 「…恋人ごっこの、はずだったんだけど」 ぽろり。 零れ出た本音に怒る者も泣き喚く者も、既にこの部屋には居ない。 ぽろりぽろり。 小さな小さな水滴が臨也の頬を滑り、二粒ソファーに染みを残した。 結局、最後に求めたのは自分だ。 曇天被り (もう会うことが無いならば) (会うだろう未来を作れば良い) ――――――― すみません久しぶりで久しぶりで…! 黄巾賊時代独特のシリアスな雰囲気は私も大好きです…!! お気に召すかは分かりませんが二人の悲しみをちょこっと感じとってくだされば幸いです;▽;ブワァ 加奈子様、フリリクありがとうございました! |