だからなんだと言うのでしょう(臨正) 「誤魔化さないで。」 その声が臨也を微睡みから引き戻した。 声を出そうと試みたが、喉仏がひとつ、ひくりと痙攣して、熱い吐息だけが口からこぼれ出たのみだった。 ゆっくりと瞼を開き、背伸びをする。辺りを見回すと、ソファに寝転ぶ少年と目が合った。 「誤魔化さないで。」 と、臨也は首を傾げた。自分を覚醒させたのは少年である。俗物的なピンク色の表紙をした小説を、まったくの無表情で音読する少年である。 官能小説とやらか、卑猥かつ実に生々しい性交の描写を読み上げているのだ。 「男は自らの◯◯を××し、」 「正臣くん。お下品。やめなさい。」 「瞬間、彼女は一層高い声を上げてシーツに、」 「やめなさい。」 尚、朗読を続けようとした正臣から、臨也は本を奪い取った。 何ともエロティシズム漂う本を一瞥することなく、遠くへ放り投げる。 「何で。」 「官能小説を目覚ましがわりにさせられた俺の身にもなって。人権侵害で訴えるよ。」 「面白いのに。俺だって男なんだから、良いでしょう。」 「ああ、確かに君は男だし俺も男だ。気持ちは分かるし、健全味を帯びていて非常に素晴らしい。だけれど、それを俺に対する嫌がらせの道具に使うんじゃない。」 正臣の顔を覗き込む形でソファに腰掛ける。正臣の顔は両腕で覆われているため、表情は伺えない。わざとらしいため息を吐くと、彼はパーカーのフードを深く被り、臨也の膝に頭を乗せてきた。 「……正臣くん?」 「よしよし。」 「いや、よしよしじゃなくて分かったの? もうしない?」 「臨也さんよしよし。」 「聞いてる? おい、聞いてんの?」 「んー。」 赤子がぐずるように、衣服を引っ張っり抱きついてくる少年にもう一度ため息を贈る。 ソファに腕を投げ出す。沈黙に続いて、指が臨也の鎖骨を這った。 「ん。」 「あんたの睡眠時間が0になれば良いのに。」 「寂しかったの?」 「だったら何。」 ブラウンの猫目がゆらりと動いた。燻る不満が見て取れる。 「別に何も。」 何かが窓を叩く音がした。正臣もぴくりと身構えた。視線だけは臨也の胸元に注がれていた。 そこで初めて、臨也は電気が点いていないことに気がつく。段々とそれは音を増していく。雷鳴が遠く響く。その日、新宿では雨が降っていた。 2013/10/27 18:35 |