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学校帰り、ぱらぱらと小雨が降ってきた。
「うう…寒いっ…」
クロームさんに憧れて改造した制服は、お腹が冷えて仕方がない。
けれど、おしゃれは我慢と言うから我慢我慢!
小走りで私たちのアジトである黒曜ヘルシーランドへ帰ると、誰も見当たらない。
「洗濯物しまわなきゃ…」
骸さまに救われたあの日から、私はできる限りの事をしてきた。
役に立ちたくて、何度もお願いをして骸さまに契約してもらったけれど、幼すぎる頃から実験を受けてきた私の体では数秒しか憑依できないらしかった…。
泣きじゃくる私を、体力が戻ったら、となだめてくれたのも骸さまだった。
犬や千種のような能力があれば少しは役に立てたかもしれないけれど、失敗作の私は何の能力もなく、クロームさんのように憑依して利用してもらう事もできない。
だから、せめてもの思いで家事全般は私がやるようにしている。
「名前、間に合いましたか。ありがとうございます」
「骸さま!お帰りなさい!少しだけ雨粒がかかってしまいましたが、なんとか間に合いました」
私がそう言うと、骸さまは優しく微笑んで自室へと入って行った。
その背中をつい見つめてしまう。
この気持ちに気づいたのは、ずいぶんと前のことだった。
はじめこそ、伝えるべきでないこの想いに戸惑い、苦しかったけれど、私は骸さまの駒となれればそれで幸せなのだと自分に言い聞かせたら、胸の痛みに泣く事も無くなった。
これは、諦めや心変わりではなく、決心だった。
そして今日、もうひとつの決心をした。
エストラーネオが壊滅した"あの日"から何年も経った。
だから、決心をした。
この思いを伝える相手もまた、骸さまだ。
小さく息を吸って、ゆっくり吐き出してから、骸さまのお部屋をノックする。
遅れて返ってきた声を聞いて、ノブをひねる。
「骸さま…」
「名前ですか。どうしました?」
ソファーに腰を掛けた骸さまは、手元の本から視線を上げる。
隣へ座るよう促されたけれど、あえて骸さまの向かいに立つ。
「私の体力ももう戻ったはずです。ですから、今度の偵察では私を使ってください」
これが、私の決心だった。
深々と頭を下げ、緊張で震える手を握りしめた。
「それはできません」
だけど、返ってきた言葉は素っ気なくて。
驚きに頭を上げると、ソファーに座ったままこちらを向いた骸さまと目が合う。
その表情に、いつもの穏やかさはなかった。
「どうしてですか…?体力が戻ったらと言ってくださったのは骸さまではないですか…。私はもう、子供の頃とは違うんです…!」
必死に訴えかけても、骸さまは表情を変えず、黙っているだけだった。
「…そんなに、憑依されたいのですか?」
「はい…。私は、骸さまのお役に立ちたいんです!骸さまのお役に立てるのなら、どんな事でもいいんです…!」
そう、たとえ駒としてでも…
もう一度深く頭を下げ、骸さまの言葉を待つ。
「そうですか…では…」
その言葉に顔を上げるも、骸さまの表情は険しい。
なぜかと問う前に、骸さまは言葉を続けた。
「では、契約を破棄しましょう」
それは、頭を金鎚で打たれたような衝撃だった。
何度も頭の中で反復して、言葉の意味を探る。
だけど、理解なんてできるはずはなかった。
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