前門の雲、後門の霧
二人から強引にキスをされて数時間。
自室に戻り寝支度も整えたものの、どうしても目が冴えてしまう。
「なんか、変だよ…」
二人からキスされたのはもちろん初めてだ。
しかし、どうしても胸の違和感が拭いきれない。
あのキスには違和感があるのだ。
「…まだ、いいよね」
雲雀さんが眠ってしまうまでにはまだ時間がある。
私は部屋着の上にカーディガンを羽織って、アジトの奥へと向かった。
雲雀さんのプライベートスペースの入口にたどり着いたものの、私みたいな下っ端が簡単に入れるはずもなく、途方に暮れてしまった。
「関係者も誰も通らないし、かといってこのまま勝手に侵入とかはさすがに無理だよね……」
「君、何か用?」
雲雀さんの部屋があるであろう方を伺っていると、不意に後ろから声をかけられた。
振り返れば、和服に着替えた雲雀さんがこちらを見下ろしていた。
「あ…雲雀さん。夜遅くにすみません。少し、お聞きしたい事が…。」
「…何?」
あまり機嫌がいいとは言えない表情を向けられ、一瞬怯みそうになるが、ぐっとつま先に力を入れて正面を向く。
「さっき、なんで私にキスしたんですか」
しっかりと目を見て聞けば、一瞬、雲雀さんの瞳が揺れた気がした。
しかし、すぐにいつもと同じように力強い視線に戻る。
「知らないね」
そう言い残して、雲雀さんはプライベートスペースへと入って行く。
「怖いんですか。雲雀さんらしくないです。何者にも捕らわれない、孤高の浮き雲なんじゃないですか。」
「……」
私がまくし立てると、雲雀さんは何も言わず立ち止まった。
「あんな事したら、勘違いされますよ。いつも通り、したい事をしたいように言いたい事を言いたい時に言えばいいじゃないですか」
立ち止まったもののこちらを向かない背中に「失礼します」と言って、早足でその場を離れた。
部屋に戻ると、扉の前に任務帰りの骸さんが立っていた。
「クフフ、大胆な事をしてくれましたね」
いつもの余裕な笑みを浮かべている顔を小さく睨む。
「骸さんほど大胆じゃないです。私を巻き込まないでください」
骸さんは私の言葉に肩をすくめていたけれど、もう私の知った事じゃない。
骸さんを横目に部屋に入って扉を閉める。
「やはり貴女で正解でした」
扉の向こうから聞こえてくる言葉と、その後遠ざかる気配。
ふかふかのベットに潜り込んだら、あっというまに眠りにつけた。
だって、私の役目はもう終わったから。
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