霧が夢中2
「待ってください!」
骸さんの背中には、赤黒く滲んだ跡があった。
「…どうか、しましたか?」
私の腕を振り払うでもなく、ゆったりと尋ねられる。
「医療班を呼びますから…お願いです…動かないでください」
血の跡を見るのは怖いけど、骸さんが居なくなってしまう事を想像したらもっとぞっとした。
さっき扉から動かなかったのも、きっとこの傷のせいだ。
「あの、横になっててください…」
まともに見れなくて、俯いたまま、ベットへ連れて行こうと腕を軽く引くが、骸さんは動こうとしない。
「あの…?」
「僕は大丈夫です。それに、医療班をここへ呼んだらあらぬ誤解を生んでしまいますよ?」
確かに、私の部屋に骸さんがいるとなれば、少なからず噂は流れるだろう。
だけど、私には放っておく事はできない。
「ごめんなさい…こんな下っ端の私と噂になるのは骸さんに迷惑かもしれないですけど…でも、放ってはおけないです…」
骸さんの腕を握って視線を床に落としたままもう一度ベットの方へ引けば、ゆっくりと歩いてくれた。
何を言ったらいいかわからなくて、傷に障らないようにゆっくりゆっくりと、広くはない部屋の反対側へ歩く。
「クフフ…」
やっとベットで骸さんを休めてあげられると思った矢先、頭の上から楽しげに笑う声が聞こえた。
「きゃ…!」
見上げようとした瞬間、ベットに横たわる骸さんに腕を引かれ、倒れ込んでしまった。
なんとか骸さんの上には倒れまいとベットに手をついたものの、この体勢はなんと言うか…
「名前は積極的ですねぇ」
楽しそうに笑う骸さんは私の背に腕を回し、引き寄せようとする。
「だ…だめです!傷に障りますから…!」
必死に腕を突っ張っていると、骸さんは目を丸くして、それから声を上げて笑った。
私は何がなんだかわからなくて、とにかく医療班を呼びますから、と身じろぐ。
すると起き上がる骸さんに強く押され、私はベットに縫い付けられてしまう。
「君は本当に面白い。ただ、誰にでもこうするようでは、少々警戒心が足りませんね…」
意地悪く微笑む顔を見つめていると、恐怖より別の何かが背中をかけ上る感覚がする。
「僕が深手を負うわけありませんよ?」
そう言って脱がれた上着にはさっきあったはずの血はついていない。
「え…幻覚…?」
「ええ」と頷く骸さんを見たら、騙された怒りとか、今の状況とか、そんなものより先に、安堵が涙になって溢れ出た。
「おやおや…」
少し困った顔で笑いながら、頭を撫でてくれる。
「良かった、です…。骸さんがいなくなっちゃうかも、って思ったら、怖くて、本当に怖くて…っ」
子どもみたいに泣きじゃくる私の頭を優しく撫でながら、温かい目で見つめてくれているのを感じる。
「その、心はなんでしょう?」
次々と溢れる涙を拭っていた私の手をどけて、色の違う瞳で見つめられる。
私は、その瞳に導かれるまま口を開く。
「骸さんが…好きなんです」
言い終わらないうちに強く抱きしめられ、暖かい腕の中で、骸さんの胸に響く優しい声。
「少々、いじめすぎてしまいました…」
骸さんの腕の中ですんすんとまだ少しだけ止まらない涙で睫毛を濡らしていたら、そっと体が離れる。
ゆっくりと見上げれば、優しい瞳と視線が絡む。
「雲雀君に言われました。その気がないなら名前は貰うと…。僕とした事が、あのキスだけで冷静さを失うなんて、まだまだですかね…」
そう言う骸さんはいつもより少しだけ小さく見えて、いつもより愛おしかった。
「雲雀さんに、借りができちゃいましたね?」
「僕といる時に他の男の名を出すなんていけませんねぇ」
そのまま暖かいキスをして、二人で同じ夢を見た。
目が覚めても、きっと貴方と一緒だから…
幻想は、いつか現実になるのかもしれない
骸夢 fin
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