「絵、好き?」
キャンバスの向こうから声がして、曖昧な返事を返すとクスリと笑い声が聞こえた。
すらすらと滑るようにキャンバスに絵を描いていく姿は、此方からは見えない。ただ、ときどきキャンバスからひょこりと顔を出して此方を覗くときにパチリと視線が合う。なぜかその時どきりと心臓が跳ねる。そりゃ、あんな整った顔立ちで鋭い視線を寄越されたら誰だって緊張もするし、少しは困惑するに決まっている。赤くなる顔を見られたくなくて顔を俯かせると、顔を上げて、と毎度毎度言われる。
今、自分は絵のモデルとしてキャンバスを挟んで向こう側にいる男に描いて貰っている。中学三年に上がってすぐだっただろうか、中学一年のときから色んなことで有名だった白石蔵ノ介から話しかけられた。
白石蔵ノ介は眉目秀麗、才色兼備と称される程の人物。一年のときに、同い年にかなり凄いやつが入ってきた、と一躍有名になっていた。勿論、それ以降もずっと話題の持ちきられる男で、特に女子からはかなりの人気を誇っていた。男の俺が言うのはおかしいかもしれないが、高嶺の花的な存在だった。
部活も違えば、クラスも違った。その為、一度も話したことは無かった。だが今年に入って同じクラスになた白石蔵ノ介が、絵のモデルになってくれないか、と特に特徴も無ければイケメンだと騒がれる部類でもない、極普通の俺に頼んできた。モデルなど一度もやったことがない上に、白石は数々の賞を受賞する程の腕を持っている。俺は、絵に関しては素人だが去年の文化祭で見た白石の絵は見惚れる程の物だった。そんな白石が、だ。なぜ俺に頼むのか真意が掴めなかった。聞いたら、忍足くんがいい、なんてあんな綺麗な顔で真面目に言われたら、分かった、としか答えられなくてモデルを引き受けていた。
元々、じっとしているのが苦手な自分は最初から貢献できるとは思って居なかったが、キャンバスの前に居るとなぜか体が動かなかった。というより動けなかった。なぜかは分からないが、白石の視線に乗ずるように体が固まっていた。それから、さっきのように何度か質問をしてくれて退屈をさせないように気を使ってくれていた。
最初は、血液型や誕生日や星座を聞いていたが、近頃は少しずつ会話をするようにもなっていた。初めて質問されたときは芸能人に話しかけられたみたいな感覚になって答えるのにも緊張したが、何度か通ううちに案外すんなりと出てくるようになった。
少しずつ距離が縮んでいるような気がした。
「あ、せや忍足くん」
何かを思い出したかのような口振りで白石は顔をキャンバスからひょこりと出した。
「謙也、って呼んでええ?」
「え、あ、全然かまんけど」
おおきに、と白石は嬉しそうに笑ってまたキャンバスの向こう側に顔を引っ込めた。その笑った顔に、また顔を赤くしたのは言うまでもない。隠すように俯くと、顔上げて、とお決まりの台詞が返ってきた。
差し込む夕日が全て隠してくれたら良いのに。
窓辺に視線を向けて、小さく溜め息を吐いた。