「おかえりなさいませ」
45度きっちりと頭を下げる男は、1年前から俺の執事となった"元クラスメート"。
1年前に彼の父が事業に失敗して失踪した。息子2人を置いて。母は彼の弟を産んだと同時に息をひきとったらしい。残された息子2人は従兄弟の家へ行くという手もあったが、兄である彼が中学を卒業したら働いて弟は自分が面倒を見ると言ったらしい。彼は、父のせいでこんな状況になった上に従兄弟や親戚にまで迷惑を掛けられないと、1年前に語っていた。そう、だから俺は彼を買い取った。大富豪と呼ばれる域にある、俺の家は人一人雇うぐらいなんとでもなかった。その上、自分は彼に興味があった。というよりも好意があった。たまたまテニスの試合を見に行ったのがきっかけだった。そう、ただそれだけ。
話しをしたことがなかった上に、彼とは面識があまりなかった。最初こそは彼も首を縦には降らなかったが、高額の給料の話を持ち掛けたらすんなりと首を縦に降った。ただ、そんなにはいらないと彼は言った。弟である翔太を中学、高校卒業させることさえできれば良いのだ、と。
それから、もう1年が経とうとしていた。今の関係はあまり芳しくない。というよりも険悪。俺は未だに彼には興味がある。もちろん、好意という意味で、だ。だが、今は嫌いな点も増えた。
「謙也、翔太くん元気?」
「お陰さまで元気にやっております」
まず1つはこの敬語だ。他人行儀な喋り方など似合わない。きっと、教育係かなんかにキツく言われたのだろう。教育係の奴をクビにしてしまおうか。
「髪染め直さんの?」
「ええ、私は執事ですので」
「金髪似合っとったのにな」
「ありがとうございます」
淡々と答えが返ってくる。2つ目はこの茶髪だ。きっとこの茶髪が地毛なのだろう。前は鮮やかな金髪をしていたのに1年前から茶髪になってしまった。どちらも似合うが、俺は金髪が好きだった。
「な、謙也。今日の夜、俺の部屋におってな」
「……はい」
後はこの主人に向けていいものではない負けん気の強い眼光。いや、これは好きかもしれない。見ていたら軽い快感が背筋をゾクゾクっと走る。
どこに関係が悪くなるところがあるのか俺にはわからない。
「謙也、愛しとるで」
「私はお前が嫌いです」
ああ、堪らない。
end