変な奴がおる。走るのはもとより、喋るんも飯食うんもやたら早い。
一年のくせに脱色しとる髪と言い、何かにつけて目立っとる。
歯に衣着せぬバカ正直。合う奴はそこがええんやろうけど、合わない奴にはとことん嫌われるタイプ。
物事は堅実に、人間関係は穏便に。そんな俺とは正反対。
そんなアイツが昨日テニス部の先輩に絞められたらしい。きっと上級生相手にも思ったことをそのまま言うたんやろ。ホンマ不器用やなぁ、適当に話を合わせておけばええのに。
しかし忍足謙也は今日もしっかり部活に来た。横目で着替える姿を確認したけど、これといった外傷はあらへんかった。
「忍足くん、今日の打ち合い練習の相手してくれへん?」
忍足はもちろん、さっき俺と一緒におったクラスの友達もギョッとした顔で俺を見る。
まあ、上級生に睨まれとる奴と組みたがるアホはそうそうおらんやろし、当然と言えば当然やけど。
案の定ヤツは
「からかいはごめんや」
なんとも可愛いことを抜かしよる。
「別に面白がってんちゃうで?」
「同情もいらんっちゅー話や」
「ちゃうちゃう。自分、上級生に妬まれるくらいテニス上手いんやろ?」
「……」
「そんなヤツと練習出来たら、俺も強くなれそうやん!」
「お前も睨まれるぞ」
「大丈夫や。俺はそこそこ先輩らとも仲がええし、第一俺のテニスは目立たへんもん」
基本に忠実だから勝っても強そうには見えへん。だからと言って無駄に格好良く見せようとも思わへん。俺は俺のペースで強なって行けばええ。
「どうなっても知らんぞ」
「おおきに」
これ以上ないってくらいにパーフェクトな笑顔を向けたったのに、ヤツはそっぽ向いて一人で行ってしまった。
そんなんやから折り合い悪くなってまうのに。可愛えやっちゃ。
マラソンも素振りも終わって、いよいよ打ち合いの練習が始まった。当然一年やから、コートに入れるはずもなく、空いたスペースでネットも無しにひたすらラリーを続けるだけなんやけど、ボールが使える分他の練習より格段に楽しい。
そして忍足は一年の中では確実に上手い。先輩らが脅威に感じるのも頷ける。
けど俺に言わせれば、無駄に走り過ぎ。
せっかくボールを打ち返したのに、わざわざ逆サイドに走り出すやつがあるかい。当然俺はガラ空きの方にボールを打ち込む。自慢の脚力で追い付けても体力の消耗はどうにもならん。
ついにスピードが落ちて忍足がボールを取り損なった。
「少し休憩しよか?疲れたやろ」
「……」
返事はせんと、一人で練習場の隅に行ってまう。わかりやすいヤツやなぁ。
「自分、何で負けたかわかる?」
「体力が足らんかっただけっちゅー話や」
「確かに体力はあるに越したことはないけど、それだけやないで?」
それまで目も合わさんかったくせに、その時心底不思議そうな顔でこっちを振り向いた。
無自覚かいな。つかスピードと体力だけで俺に勝とうとはエライ自信やな。
「無駄に走り過ぎやねん」
「走らんとボールに追い付けへんやん」
「それはそうなんやけど、ボールがどこ来るかわからん状態で走り出しても意味ないやん。しっかりボールが来る位置を見極めて、それから走り出せばええ。君の脚力ならそんなん充分追い付けるやろ?」
「俺、待つの苦手やし」
「待つんやない、準備や」
「準備?」
「せや。かけっこやっていきなり走り出したらフライングになるやろ?よーい、ドン!で走り出す。ボールの位置を見んのも、走り出すための準備や」
「“よーい”の状態か?」
「せや」
「……わかったわ」
何や、話してみれば案外素直やん。
「明日も俺と組んでくれるか?」
「考えといたる」
そこは相変わらずか。まあええわ。こいつめっちゃ面白い。一緒におったら退屈しなさそうや!
「さっそく絞められたんか?」
次の日、めっちゃ不安気な顔して忍足が声を掛けて来よった。
「いや?さっきも普通に挨拶して来たとこやけど」
「だって怪我してるやん!」
「ああこれ?」
左手に巻いた包帯。
「怪我ちゃうよ、これはオシャレや。さすがに利き手を怪我したら俺かて部活休むわ」
「どこがオシャレやねん!紛らわしい!!」
「心配してくれたん?」
「誰がするか!ボケ!!」
「おおきに」
「知らん」
「謙也くん」
「気色悪い呼び方すな!!」
「だって忍足くんやと何か他人行儀やん。せっかくこれから毎日一緒に特訓する仲やねんから」
「謙也でええ、謙也で」
「ほなら謙也。あ、俺のことは」
「白石としか呼ばへん」
ツレないやっちゃなー。
でもまあ、向こうから話し掛けて来たからこれは大きな進歩や。
自分でも不思議なくらい、俺は忍足謙也に興味を持っていた。
もっと仲良うなりたい。何でかはわからへんけど。
「んんーっ絶頂!」
「なっ!」
俺のめちゃめちゃ格好エエ決め台詞に、謙也の動きが一瞬止まった。その横を飛んで行くボール。
「集中力を切らしたらアカンで謙也ー」
「お前が意味不明なこと叫ぶからやろが!!」
「何や、人のせいかいな」
「どう考えてもお前のせいや!だいたいエクスタシーって何やねん!!」
「基本通りに球を打ち返す。これ以上の快感があるか?」
「走って風になってる時の方が絶対気持ちええ!!」
「なら勝負や!」
「臨むところや!」
また無駄に走りよる。せっかく途中までええ感じやったのに。これから徐々に直して行くしかあらへんな。
包帯と決め台詞のおかげか、俺も先輩らの眼中に収まるようになった。
今までの良好な関係を壊したいとは思わへんかったけど、謙也の話を聞いて別に壊してもええかという気になった。
曰く
「テニスの試合はしたけどボコられはされんかった。その代わり自分の宝物を取り上げられた」
それも二対一どころか三対一だと言うから呆れてしまう。
そうまでして勝ちたいんか。勝ったのに満足出来へんのんか。
始めの頃謙也が不機嫌だった理由が良うわかったわ。
せやから俺は餌をまいた。そろそろかかってもええ頃ちゃうかな?
「よお、忍足」
謙也と部活の後片付けしとったら、声を掛けられた。謙也の身体が強張ったことから察するに、これが以前謙也を絞めた先輩なんやろう。あまり見たことのない顔やった。レギュラー予備軍ですらないのかもしれん。
「何ですかー先輩たち?」
「白石も一緒やなんて好都合やな」
「どう意味ですかー?」
「お前ら最近調子乗ってんのんちゃうか」
「別に調子乗ってるつもりはあらへんのですけど」
「おい、忍足!」
「……おん」
「お前こないだ約束したよなぁ?」
「……」
「二度と目立った行動はせえへん言うたやろが!!」
「ちょっと待って下さいよ」
謙也と謙也の胸倉を掴み掛けた先輩の前に身体を割り込ませる。
「決着はテニスで着けましょうよ。二対三でええですわ」
「負けたらテニス部を辞めるか?」
えらい条件を突きつけて来よったな。
「……ええですよ」
「白石っ!?」
「俺らが負けたら二人とも部活を辞めます。その代わり」
「何や?」
「俺らが勝ったら謙也の宝物、返して下さいね」
「面白いこと言うな。ええで。ほなら始めよか」
けったいな形相で俺に視線を向ける謙也に、俺はウインクを飛ばしてやった。
「この非常事態に何キモイことしてんねん!!」
「大丈夫やって謙也。宝物がかかってんねんで!しっかりボール見てこや!」
「何でお前はそんなに呑気なん!!」
だって俺らが負けるはずないやん。
ガタイが良いだけあって先輩らの打球は重かった。
「ええ球ですね!けど無駄多いですわ」
コントロールがなってない。打ちやすいとこにばかり落ちて来る。真ん中に立っとる先輩はそこそこやるようやけど、謙也の足なら簡単に拾える。
「何や、忍足!お前この前より足遅なったんちゃうか?」
先輩の野次にせっかく体得した見極めが台無しや。苦し紛れの挑発に簡単に乗ってまうなんて、アホやろ。
「んんーっ絶頂!」
ほなら俺が謙也と逆側に走るだけや。走り回る謙也と比べたら俺の動きなんて地味やろうけど、俺の存在を忘れてもろたら困るな。
「これで俺らの勝ちですね」
「ぐっ・・・!」
「約束を破るんは格好悪いですよ。何なら部長か先生に言いましょか?」
チッと舌打ちしてあらぬ方向へ何かを投げると、先輩たちは走ってった。
「よう頑張ったなぁ、謙也」
「最後の決めたんお前やろ」
「そらお前ががむしゃらに走り出すからや。あそこで辛抱しとったらフィニッシュはお前が決めとったんやで?」
「……悪かった」
「まあ、勝てたからええわ。それより宝物探そか」
「さ、探さんでええから!」
「何でや?せっかく取り返したのに」
何かが飛んでった方向に俺が歩き出すと、物ごっつい勢いで謙也に追い抜かれた。
自分で先に見つけるつもりなんか、必死に地面を這いつくばってる。
のんびり歩いとった俺の爪先にコツンと何かがぶつかった。
「お?何やコレ?」
拾い上げると、それは小さな消しゴムやった。恐竜みたいな形しとる。
「謙也ー何か面白いモン見つけたで」
振り返って俺の手元を見るなり駆け寄って来て消しゴムを奪い取られた。
「もしかして」
「……」
「謙也の宝物ってその恐竜型の消しゴムなん?」
「恐竜ちゃうわ!イグアナや!!」
イグアナやったんか。マニアックな消しゴムやな。
「イグアナ好きなん?」
「悪いか?」
「悪いことなんかあらへんで?可愛えなぁ、とは思うけど」
「!!」
「心配せんでも誰にも言わんて。安心しとき」
ぼちぼち帰ろかー言うんに謙也は一歩も動かへん。
「白石!」
「何や?」
「お礼っ」
あまりにも予想外のことを言われて驚いてまう。あの謙也がお礼やて。
「別にええよ。俺も悪者退治してスカッとしたし」
「それじゃあ俺の気が済まん!!」
「律儀やなあ」
素直でバカで単純で負けず嫌いで、意外と律儀。ほんと次から次へと楽しませてくれるわ。何から何まで予想外なヤツや。
せやけど。
「ほなら、俺と付き合って」
一番の予想外は俺自身のこの言葉。何言ってんねん俺。
案の定謙也もギョッとしている。
「…冗談やって。そないな顔せんとって。今はパッと思い付かんから、また考え付いたら頼むわ」
苦笑いしながら俺は歩き出す。相変わらず謙也は動かへんけど、今は構っている余裕はない。
冗談なのに何や寂しい。
「…別にええで」
「何か言うたか?」
「せやから、付き合ったってもええ言うてんねや!!」
顔真っ赤にして俺を睨んで来る。
やれやれ、今日は予想外なことばっかりやな。
もと来た道を戻って、今にも爆発しそうな謙也の頭を撫でてやる。
「おおきに」
「……おん」
「これからは恋人としてもよろしく」
「……おん」
物事は堅実に、人間関係は穏便に。より完璧に、より上手く。だけど恋は予想外。
でもまあこんな予想外なら悪くもないか、そう思った。
E.
藤子様から頂きました!素敵な小説ありがとうございました!!
イケメンな白石素敵です!謙也はこれからデレ率が高くなっていくんですね、分かりますww
これからもよろしくお願いします!!