ガタンゴトンガタンゴトン
大きな音を立てて電車は止まることなく走り続けている。つまりは着々と謙也の家に近づいているということだ。揺れる電車とは反対に、ガチガチに固まっている俺はきっと端から見たら情けないものだろう。膝の上でプリントを握り締められている手が汗ばんでいることに気づいたのは、2駅目を過ぎた辺りからだった。何を緊張しているのだ。と何度も何度も考えたが、考えれば考えるほど追い詰められていることに気付いたのは4駅目を過ぎた辺りから。
ああ、もうこのまま止まってくれ。と何度も願ったが、超能力なんてもの使えるはずもないし、神様は俺のことを見放してるしで、電車は勢い良く次の駅へと走っていた。
はぁと情けない溜め息が大きく漏れた。そんなときだった。一瞬、誰かに見られているような気がして、車内を軽く見回すと、長身の男とバチリと視線がぶつかった。
「千歳…」
「……」
なんで千歳がこんな所に。聞くが否や、千歳は威圧感を漂わせながら近づいてきた。まさか電車でケンカ事でも起こそうと言うのだろうか、見た目に反して野蛮な奴だ。すると千歳は何をするわけでもなく隣に座った。
「なんしよっと…」
「それはこっちの台詞や。お前家反対やん」
「関係なか」
今日はいつもと違ってピリピリしている千歳に少し違和感を覚えた。なぜ俺に対して反抗的な態度をとるのだろうか。
(…ああ、そういや謙也を苛めているときに千歳が助け来たんやったな)
千歳が怒っていることに合点が行って納得したが、なぜ謙也のことに千歳がキレているのかは理解できなかった。千歳は俺の手元でグシャグシャになったプリントを見て口を開いた。
「謙也のとこ行くとね」
「せや」
「謙也のとこ行くのやめてくれんかいね」
「なっ…」
これ以上謙也を苦しめてどげんすると?
千歳は淡々と話した。
気づいたら俺は次の駅で降りていた。包帯を巻かれた左手を見るとプリントは握られて無かった。多分千歳に渡したんだろう。ガタンガタンと発車をする電車を、ぼんやりと見送った。
俺は断る理由がなかったから、寧ろ行きたくなかったから、電車を降りたんだ。なんだ、良かったじゃないか。
──なら
なんでこんなに胸が痛いんだ。
なんでこんなに悔しいんだ。
千歳の言葉が胸をえぐるように突き刺さり、じくじくと鈍く痛んだ。
イライラともモヤモヤとも取れる靄がかった気分に、吐き気がした。同時に、俺は何に焦っているのかと、新しい疑問が増えた。
気づいたらいけない感情に気づきそうになっている自分を、止める術を教えてくれ。