「俺…なにやっとんねん…」
突き飛ばされた俺は、へたりと情けなく座り込んでいた。部室に1人取り残され、先程のことを振り返った。
俺は何をした…?
キスだ。
俺は忍足謙也という、一人の男にキスをした。
あれは、なにかの間違いだと心の中で何度も何度も復唱するが、もやもや感が増すばかりで答えは全く見つからなかった。
謙也は虐められっ子くんで、しかも俺はそのイジメの当事者。それなのに、なぜ俺は追いかけた。
俺は、アイツの泣く顔を見てバカにするためについていったのか。それとも…いや、心配などそんな優しいものではなく、ただどんな顔をして泣いてるのだろうか見たかったという好奇心からだ。
なにもかも、好奇心のせいだ。
何故、謙也にキスをしたのか。
何故、こんなにドキドキしているのか。
自己解決をしても、胸のもやもやは取れない。生まれてこの方味わったことのない、この気持ちはなんだ。唇を指ですっとなぞった。唇にはまだ、謙也の温もりが残っている。ドンッと無理矢理突き飛ばされた胸も痛い。このドキドキは胸を突き飛ばされたせいだ。
何をこんなに自分は焦っているのか、今はそんなことを考える暇さえなかった。
次の日、謙也は来なかった。
当たり前だ。あんな屈辱的なことをされたら、誰でも休むだろう。謙也を泣かせたメンツは「なんやったん?」と笑いながら聞いてくる。俺こそ、なぜあんなことをしたか聞きたいぐらいだ。
その日、一日は憂鬱だった。
謙也を虐めているメンツとは絡む気にはなれず、女の子と遊ぶ気にもならない、あれもこれも昨日の謙也のせいだ。今日は、珍しく部活もない、帰ってゆっくり寝よう。荷物を背負い、いつもより長く感じる廊下を歩いていると、担任に呼び止められた。嫌な予感がした。
「白石」
「…はい?」
「これ、忍足にプリント届けてくれんか?」
担任は、4A状のプリントを一枚だし押し付けときた。本当に、今日は嫌な日だ。
「俺が、ですか?」
「同じテニス部やないか」
「…まぁ」
「ほな、頼むわ」
「え、ちょっと…」
返事など聞く気などない担任は、俺の胸にプリントを押し付けてそそくさと去っていった。
「…どないすんねん」
渡されたプリントをボーと眺めて、ぐしゃぐしゃと丸めた。そこら辺のゴミ箱に捨ててやろうかと思ったが寸前でやめた。ちらりと脳裏を過った、昨日の謙也。むしゃくしゃして、ゴミ箱を蹴り飛ばした。
つまらない寄り道だと考えたらいいんだ。それで、会ってプリントを渡すだけだ。いつも通り嫌味を2・3口言って去ればいいんだ。それでいいんだ。なにも気にしなくていい。
脈打つ心臓を抑え、目を閉じた。
つづく
以前載せていたのを修正しました。