──聴こえる





手が人に触れると全てが聴こえてくる。
聴こえてはいけない


────人の本音が。




小さい頃から家族や周りの人から異端児として扱われてきた。

『触んなや!!』
『寄るな!!』
『化け物!』

みんな自分から離れていった、母や父も。
『あんたなんか産まれてこん方が良かったんや!』
あの怯えた母の目は今でも頭から離れない。

母からも父からも見放され、居場所が無くなった自分に、居場所を与えてくれた人がいた。

祖父だ。

祖父は、俺の力を怖がらずに、ずっと手を握ってくれていた。
祖父の心の声は、いつも優しかった。

『大丈夫や』
『謙也、お前はええ子や』

『じいちゃんの自慢の孫や』

心の声はどれも俺が求めていた物だった。
両親から見放された俺は、祖父と住むことになった。養育費は両親が出していた。そのくらい、俺を遠ざけたかったのだろう。


祖父との生活は幸せだった。いつも、楽しかった。
しかし、幸せは長く続かなかった。
小6の冬、祖父が倒れた。
病院に運ばれてすぐ、祖父は息を引き取った。

あまりにも、いきなり過ぎる別れに頭がついていかなかった。まだ生きてるだ、と心の中で思っていた。
少し声を掛けたら祖父が笑って、おはようと言ってくれる。そう思っていた。


しかし、現実は残酷だった。

「じいちゃん…じいちゃん…!!じいちゃん起きや…!じいちゃん…」

どんだけ呼んでも祖父は目を覚まさなかった。
手を握っても何も聴こえてこなかった。

「…褒めてや…ええ子や、って…謙也って呼んでや…」

冷たい祖父の手をずっと握っていた。

俺は、また居場所を失った。

そして、俺は居場所のない家に帰ることになった。両親は相変わらずの冷めた目で俺を見ていた。
ああ、やはりか。と分かりきっていたことなのだが、心臓はズキリと痛んだ。
当たり前だが近づこうともしなかった。ただ遠ざけるように俺を見ていた。
中学に上がるときだった、両親から、小さなアパートを借りた、そこに住め。と命令のような口振りで言われた。御丁寧に家からできるだけ遠いアパートを借りていた。
中学も勝手に決められていた。家賃や学費や食費は出すから、とどこか他人事のように言われた。
要するに両親は、早く出ていってくれ、と言いたいのだ。
こっちだって喜んでこんな家を出てってやる、と子供には似合わない生意気そうな笑みで答えた。




中学に上がったら、何もかも新しくなって、色んな友達ができて楽しい生活ができる。

なんて言うのは、つまらない幻想だった。

中学に上がって、この力のことは隠していたが、同じ小学校を通っていた子が、全て言いふらしていた。
そのお陰で、有名人になった上に中学よりも風当たりも酷くなった。みんな俺を遠ざけるばかりだった。悪ふざけで男子が何度か触れてきたが、ずっと黙っていた。
いつの間にか、学校で一言も喋らなくなっていた。
人は俺を避けるから、話す相手もいない。当たり前のことだ。
でも、やっぱり寂しくなる。小さい頃から酷い扱いを受けていても、慣れることは無かったこの寂しさ。
特に、祖父という温かい居場所を見つけ、失ってからは"寂しさ"と言うものが倍増した気がする。
このまま、俺はずっと1人なのだろうか、と常に考えるようになっていた。
家に帰っても誰も居なくて、1人で自炊をして1人で食べて1人で寝る。
毎日がその繰り返しだった。祖父との思い出を思い出しては涙が止まらなかった。
最初のうちは家だけで泣いていたのだが、近頃はどこに行っても祖父のことを思い出してしまう。

「……じいちゃん…」

校舎裏の人気のない山で膝を抱えて泣くのも、日課になっていた。ここなら、誰もこない、誰も俺を遠ざけない。


そんな人気のない場所なのに、どこから声が聞こえてきた。

「どないしたん?」

その声はあまりにも近くで聞こえて、驚いて顔を上げると同じ制服を着た男が立っていた。

「腹、痛いんか?」
「………」

首を横に降った。
男は、じゃあ頭が痛いのかと聞いてきた。それも違う、と無言で首を横に降った。

「なんや?喋らんと分からんわ」
「……なんもない」

久々に人と話した気がする。
いつもは話し掛けてくる相手が全員、自分をからかってくるものばかりだったから。

「なんもない、で泣く奴なんかおらへんやろ」

そう言って、男は俺の座っている隣にストンと腰を下ろした。
この人は何も知らないのだろうか。
そう思ったが、次の言葉でそれは違うということが決定付けられた。

「君、忍足くんやろ?」
「……っ」
「そんなビビらんといてや、別に茶化しに来たわけや無いで」
「やったら…なんしに来たんや…」
「なんか、珍しい毒草でも生えとらんかなぁ、思うて裏山に来たら、君が泣きよったんや」
「なんやそれ…」

変わった奴だな、というのが第一印象だった。
だって、こんな山に毒草を探しに来る奴なんて見たことない、いや、そんなことをする奴はいないだろう。目の前の男以外は。
男はどこか遠くを見ながら、呟いた。

「忍足くん、寂しいんとちゃうの?」
「……な…なんで…」
「やって、いっつも寂しそうにしとるやん」
「………」

俺は、人にバレるくらい寂しそうな顔をしていたのだろうか。どれだけ重症なんだ。顔を隠すように頭を下げると、男は呟いた。

「友達」
「……へ?」
「せやから、俺と友達にならへんか、って」
「……な…何いっとんねん…」
「忍足くんの力のことも、勿論聞いとるで。」
「せやったら…やめた方がええんやないん」

なんでこんな事を言ってしまうのだろう。本当は友達になってくれて嬉しいのに。なんで、自ら遠ざけてしまうのだろうか。裏切られるのが怖いのか、また目の前から消えてしまうのが怖いのか。

「やったら、俺の声聞いてみてや。」

「っ…!」

包帯の巻かれた左手が差し出された。男の顔を見ると、真剣だった。
自然と自分の左手が前に出ようとしていた。寸前で気付き手を止めた。
信じても良いのだろうか…本当は化け物だとか思っているんじゃないだろうか?と頭の中で葛藤が始まる。
痺れを切らした男が、強引に手を握ってきた。

「あっ!!」
『今日から俺と友達や』
「………」
『仲良うしような』

視線を男の顔に向けると、にこりと優しく微笑んだ。
この温かい感じが、かつての祖父と全く同じものだった。

「…ふっ……ぅっえ…」

「え、ちょっどないしたん??」

情けなくも涙が止まらなくて、男の手を握ったまま泣いていた。

『ヤバい…泣かせてもうた…ギャグとかして笑わかした方がええんやろうか?』
「…はは…そんなん、せんでええわ」

涙を吹きながら笑った。
泣いたり笑ったりと我ながら忙しいな、と思った。

「笑っとる方がよう似合っとる」
「へ?」

満足そうに彼は笑っていた。
俺は、笑っているのか。
もう何ヵ月笑うということを忘れていた気がする。

「ホンマや…おおきに…」
笑い返すと、男は、嬉しそうに笑った。

「せや、名前まだ言ってなかったな。俺は、白石蔵ノ介。よろしゅうな」
「よろしゅう」


中学1年の夏、新たな居場所が出来た気がした。








end










TOUCH少し修正しました!
TOUCHのコメントいくつか戴いて凄く嬉しかったですo(^o^)o
いつか続きを書きたいと思います!
もし何か読みたいのが有りましたら前サイトから引っ張ってきますので、リクエストがありましたらお気軽にどうぞ!








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