「謙也、楽しい話をせんか?」

革張りのソファに座りにこりと綺麗に笑う主人──白石蔵ノ介の顔を見て自然と眉間にシワが寄る。
こういう顔をするときは大抵良いことがない。思えば自分が最初に買い取られる話を持ちかけにきたときも、甘いマスクを最大限に有効活用した人当たりのいい笑みを浮かべていた気がする。
じっと見つめてくる視線が頬に突き刺さるが、無視を決め込み紅茶を淹れる作業に専念することにした。
主人を無視するなんて本当はあってはいけないことで、そんなことをしたら普通はクビだ。もちろん、それをわかった上で俺も無視をしている。しかも俺が無視をしたのはこの一回だけではなく、日常茶飯事的に行われているといっても過言ではない。それでも白石は嬉しそうにニコニコと笑みを絶やさず、まるで無視をされるこの行為さえも楽しんでいるかのようだった。

「あんな、友香里に彼氏ができたらしいねん」

無視をしても、白石は言葉を続ける。これもいつも通りだ。俺が答えなくても白石は話しかける。前に一度、答えても答えてくれへんでも謙也が俺の話を聞いていることに変わりはないやん、と言われたことを思い出す。本当に変わった奴だと思うし、気味が悪い。
妹の話を意気揚々と話す白石の姿を見たのがこれが初めてで、相手の思惑通り耳をしっかりと傾けている自分もどうかとは思う。

「最初に友香里が惚れて、一週間もせんうちに告白したんやって、我が妹ながらすごい行動力やわ。同じクラスの男子で足がはようてな頭もええ、そんでめっちゃ優しいんやって。名前はなんやったかなー」

ソファに腰を深く沈ませ、顎に手を添えわざとらしく考え込む。
その姿、その口調に嫌な予感が過り額に冷や汗が滲む。

俺と白石には兄弟がいた。俺には弟、白石には姉と妹。何の縁か、俺と白石の弟と妹は同じ年齢同じ学校同じ学年、そして同じクラスだった。その接点はただの偶然であることは間違いないが、唐突な話、機嫌のいい白石、何かが胸に突っかかる。
紅茶を淹れる手が無意識にふるふると震える。気のせいだと何度も心の中で呟き平常心を保ち、次に出てくる言葉を静かに待つ。待てども白石が口を開く様子はなく耐えきれずソファの方向を見て様子を伺うと、主人が此方を楽しげな瞳でじっと見据えていた。

「ああ、そうや…──翔太くん、やったかな?」
「…っ!」

誰にでも分かるようなくさい芝居をうってから呼ばれた自分の弟の名前。がらがらと何かが自分の中で崩れていくのを感じながら、この男からは逃げられないのか、とどこか他人事の用にぼんやりとする頭の中で悟った。

「どや、楽しい話やったやろ?どないしたん、謙也?」

機嫌のいい白石からは何を考えているのか読み取ることもできず、下唇をぎゅうっと噛み締めることしかできなかった。弟がOKを出したのも、ただ簡単に出したのではなく本当に彼女に惚れ込んだのだろう。だが、それを認めたくはなくて、まるで白石の思惑通りに事が進んでいるのかのようで、怒鳴り散らして殴り飛ばしてこの男から余裕の笑み一つを無くすことのできない自分の無力さに一番腹が立った。
一睨みする気力さえなく呆然と突っ立っているだけの俺に反して、白石は道化師のような笑みを浮かべていた。

「俺は謙也の全てを手に入れたいねん」


綺麗に微笑まれたその姿で吐き出された言葉は余りにも残酷なものだった。











end

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