「身長は?」
「178」
「1cm違いや」
「せやな」
「知っとったん?」
「前に俺が質問したやん」
あ、そっか。間の抜けたような返事を返すと、いつものごとくキャンバス越しからクスリと笑い声が聞こえた。あの日以来質問をするのは俺、答えるのは白石になっていた。意外な一面も垣間見えたりした。特に意外だと思ったことは、白石がよく笑うこと。大口開いて笑うわけでも無いし、ギャグとかそんなので笑うわけでもない。ただ会話のときどきに変な返答をしてしまえばクスリと笑われる。しかし、それは馬鹿にしたようなものではない。例えるなら、母親が子供に対して向けるような温かなものだった。
「白石」
「ん?」
「今までにモデルとかおったん?」
なんとなく思って口に出したものだったが、白石からの返答はない。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。もしかしたら、モデルを頼んでた女の子が元カノで、その女の子と色々とモヤモヤしたことがあって別れてしまったとか…そんな裏事情があるのなら自分は失言してしまったかもしれない。
「あ、あの、これからええことあるって!!」
「何の話?」
「いや、せやから元カノが」
「彼女なんかおらん、ずっと」
「え?なんでイケメンやん?」
「女の子は苦手や。特に逆ナンしてくる子とか」
「もったいな!なんそれもったいな!!!俺が白石の顔やったらもうウハウハしとったわ!」
勿体ない。こんなにいい顔して、彼女がいないなどジョークみたいな話だ。いや、むしろジョークではないだろうか。でも、白石が嘘をつくようにも見えない上に、彼女などいなかった、など嘘をついてもなんの意味もない。むしろ見栄を張って、彼女おった、と嘘をつくだろう。俺の父ちゃんパイロットの如く。
これがイケメンとの境界線というやつなのだろうか、見える、俺には見える。
「謙也は彼女とか…おらんの?」
「…へ?えーと、おらんかったような、おったような…」
「どっちやねん」
「すいません、いません」
あ、ほうなん。とだけ返答が返ってきた。もっと、こうリアクションをして欲しかった。これでは、鼻から彼女がいないことを知っているようではないか。いや、本当にいないんですけどね。
それよりも、話の論点がずれて来ている気がする。誰のせいだ。…俺のせいか。
「てか、モデルの話は…?」
「あぁ…えーとおらんかった」
「…え?俺がモデル第一号でええの!?白石が一声かけたらもっとこう可愛らしい子とか、ボンッキュッボンの子とか来ると思うで!!」
「ボンッキュッボンって…裸婦画は描かんけどな。」
「なんで俺なんか選んだん?」
「やって綺麗やったし」
「へ?」
白石の返答に思わず間抜けな声が漏れた。ワンテンポ、ツーテンポしてからガシャンと椅子が倒れた。俺のでは無くて白石の。そこには、勢いよく立ち上がって焦るように顔を隠したり頭を掻いたり忙しそうな白石の姿があった。
「ああああちゃうねん!あのあれやあれ!!あのほらあれ!あのペン回し…せやペン回し綺麗やなって!ペン回し!!」
「ああ、ペン回し」
ペン回しに綺麗か汚いか等の見方があるとは知らなかった。やはり芸術を極める者は評価の観点も一味違うのだな、と思った。俺のペン回しは綺麗の部類に入るのか。それは嬉しい。しかし、今、ペン回しをしていないが大丈夫だろうか。
「ペン回ししよか?」
「あ、ええです…あのすまん」
静止画書かせてください。とキャンバスの向こうから、どこか疲れきったような弱々しい声が聞こえた。