深夜3時、同居している相手が寝たであろう時間を見計らって帰宅する。しかし、玄関を開けるとリビングから明かりが漏れていた。まさかと思いリビングのドアを開けると、彼が机にもたれ掛かって俺の帰りを待ってたかのように寝ていた。机を見ると、冷めきったおかずにはラップが掛けてあり、俺のお茶碗はひっくり返して置かれている。
ドアが開いた音に目を覚ましたらしく、うん、と小さく声を漏らし顔を上げた。瞬間、ありとあらゆる言い訳を思い浮かべたがしっくりとくる言い訳はもう何度も使ったものだった。
「ただいま、謙也。すまんばいね…今日は付き合いで飲みに」
「ご飯はもうあっちで食べたんやろ」
「えっ…」
答えを返す前に、おかずが盛られた皿を持ってふらふらとした足取りでキッチンへ向かい、ぼたぼたと音を立ててゴミ箱へ捨てた。その一連の動作を目で追いながら、謙也がさりげなく漏らした「あっち」という言葉について考えていたが、やはり嫌な予感が当たったようで、シンクにお皿を置くと、踵を返して俺の元へと寄ってきた。体をぴたりとくっ付け少しつま先立ちになり、すんすんと首筋へ鼻を寄せてきた。
「…またあの女の匂い」
「……」
毎回、相手の甘ったるい女物の香水がしないように一度相手の家でシャワーを浴びている。そのはずなのに、謙也は"またあの女の匂い"と言い切った。と言うよりも、最初から全て知っていたかのような口振りで。謙也はそんな俺を嘲笑うかのように言葉を続けた。
「ま、ええわ…今さらやし。なんやその顔、俺が知らんとでも思っとったんか」
いつものにこにこと笑う謙也の姿はそこにはなかった。
どこか目が虚ろなのは、多分寝起きのせいだけではない。謙也、と動揺が隠せない声で名前を呼んでみるが、うるさい、と一蹴される。
「…その声であの女の名前を呼びよんやろ?」
な、千歳?と甘ったるい声で囁かれる。
浮気をし始めたのはほんの出来心だった。最初は、ただ女の人を抱いてみたいという好奇心から始まった。適当に引っ掛かった女の家に上がり込み抱いた。女体は神秘だ、と誰が言ったのだろうか。その通りだった。ずぶずぶと中毒のように溺れていく様は、まさに滑稽の一言に尽きなかった。
もちろん、そんな中でも謙也が一番だった。一番愛しているし、一番気持ちがいい。相手事態を好きになることはなかった。何より謙也を愛していたから。浮気をしている癖にと笑われるかもしれないが、本当だ。だが、女体にしか味わえないものもあるというのも、本当のことだ。
謙也はくつくつと笑いながら口を開いた。
「千歳、おもろい話してやろか?」
「なんね…」
「白石に抱かれた」
瞬間、さーと全身の血の気が引いていったかのような錯覚を起こした。
白石のことはよく知っている。謙也の親友で謙也のことを友情を通り越した目で見ていることも、俺は知っている。俺がふらふらとしている間に何があった。俺はそんなことを知ることもできないし、浮気をしている身分で問いただすこともできない。だが、ふつふつと腹の底から沸いてくるのは、嫉妬、怒り、後悔。
押し黙った俺を見て謙也は、ふっと吹き出した。
「嘘や。白石とはなーんもない……なんやその顔、なんでお前が怒っとんねん」
そんな資格が無いくせに、キッと睨み上げる視線に目を合わせることが出来なかった。背徳と後悔に蝕まれていく俺を謙也は鼻で嘲笑った。
「楽しかった?俺と違って柔らかかったやろ?俺と違って甘い声を出してくれたやろ?俺と違って」
抱きやすかったやろ?
淡々と零れる声が段々と震えていくのに気付き、しまった、と自分を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
「お前なんか好きになるんやなかった…」
ああ泣かせてしまった。
震える肩に触る資格など、もう俺には残されてなかった。
end
く…暗い!!!ごめんなさい!!お誕生日にこんな暗い小説を贈って…!!ひいい土下座します!!
千謙浮気話のリクに意気揚々と挑んだのは良いのですが…終わって気づいたらこんなことに…ほんとすみません!!!
最後になりましたが、お誕生日おめでとうございます!畔巻さんにとって素敵な歳になるよう心よりお祈りいたします!これからもよろしくお願いいたします。