昔のことだ。血を連想させるような夕暮れ時の話。血の噎せ返るようなそんな場所で、死体がごろごろ転がる酷く臭う中心に立つ俺。
―…ああ、まただ。
群青色の衣服であまり分からないが返り血がべっとりと着き、心なしか重い。手も赤、赤、赤。気持ち悪い。吐き気がする早く洗わないともっともっと汚染されてしまう。奴らを圧倒的な自分の力で倒す時は快感でしかない、または爽快というべきか。だが、そのあとに残るのは後悔に似た、虚しさが心に残る。
―…コレに意味は無い、そんなのわかってる。
また、それを埋める為に同じような殺伐とした事を繰り返す俺は哀れなのだろうか。いや、救いようの無い奴なのだろうか。
分っているのならば、止めればいいじゃないか。確かにそうだ。こんな、どちらにも利益の無い行為なんて意味の無い強いて言うならば、自分の欲のためだけにこの行為を繰り返す。
でも、これは愛しく儚く脆く美しく純粋で眩しい彼に会うまでの話だ。
彼と会ったその瞬間から俺は変わったのだ、自分の欲のためだけに衝動的に動くのではなく、俺は主の為に仕える翼であり盾であり刃であると。
主が命の炎が燃え尽きるその時まで、俺の命は主の為に捧げよう。
そう心に刻むのだ。
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名も知らぬ、知る気もさらさらない森の中で二人で歩く。
二人と言っても一人は金の髪が靡く少年の謙也と、カタチだけは美しい人間の少年だが妖怪の蔵ノ介。謙也は誰一人通らない森で暑さを少しでも和らげるため、パタパタと手で扇ぐが全く意味がなく気休めにもならない。求愛のために騒々しく鳴く蝉に打つけようのない苛立ちを覚える。
―…なんでこないに蝉、五月蝿いねん、ちったは黙りや。なんて…しょうもない事に腹立ってもうた。
「あっつー…」
とくに汚れの見えない赤と白の着物の着る彼。彼は俺の主、といっても軽い会話している時には意識はあまりしていない。
最初の頃は主となった彼を尊重するかのように自然と敬語を使っていたのだが、彼自身が堅苦しく呼ばれるのも喋るのも嫌いで尚且つそんなのは意識しないで良いと言ったのだ。
前者は命令口調だった気がするが、敬語を使わなくなると自然に主という事は常に意識を持つという事は少なくなった。
主は妖怪を《僕》とも言うべき存在で扱う筈である術師。術師にも色々な種類があるようで、その中で奇異な妖怪を道具として扱う部類だそうで、血で飢えていた俺に術で押さえ込み主は、俺に一緒に旅しないか。と妖怪に向ける笑みとは思えないほどの人の良さが滲み出る満面の笑みを向け手を差し出し、問い掛けそれに頷き手を掴んだのが俺と主とそもそもの始まり。
「せやな」
適当な相槌をうつ。
ちなみに実際に思っているのだから、素っ気なくとも問題はないだろう。
「蔵ノ介どうにかしてや」
「水でも氷でもない俺にどないしろ言うねん」
「気温下げて」
「主のお願いでも無理や」
無理難題な要望に眉間に皴を寄せる。
俺の能力は、腕に巻いている包帯を解いて初めて使用が可能になる。
その腕に関わらず身体全体にあるものの一番強く力が腕に集中するために、力を制御する働きを持つ包帯を巻いている。
本題の能力は簡単に言ってしまえば毒。
触れたモノを意思と関係なく溶かすというより似つかわしい言葉を探すならば、消してしまうという方が正しいだろう。使い道を変えれば薬にもなる、それ故に自分自身の治癒能力もそこらの妖怪よりかは数倍も上。
だがそんな天候とは一切関係のない能力で、どうこの暑さを解消すると言うのだ。どうせ、駄目元で言っているのだろうけど。
「けち、毒手でどうにかしろや」
「無理難題な事押し付けんでや」
そういうと、拗ねた幼い子供のように軽く頬を膨らます主の表情にクスクスと笑みが思わず零れる。
疑問に思う。
どうして、こんなにも非力な人間をしかも主とし、そして今までの生き方をがらりと変え、何より主を心の底から愛おしく思えるのだろうか。
「…なんやいきなり雲行き、妖しない?」
そう言われ、視線を空へと移す。先程までは太陽がきついほど光が降り注いでいたのに、今はどんどん雲が重くなり、心なしか目に映る景色も重く映る。
予感は大抵どんぴしゃな為に溜め息を零す。
「嫌な予感しかせぇへん」
「どうせ、悪鬼やないか」
「直接戦うんは俺やねん」
簡単に言いのける主に一言だけ釘を刺す。
たしかに共同で戦うと言っても最初に敵を俺が弱らせた後に俺は退き、強力な術、又は強力な術が施されている札を敵へと貼付け成仏や成敗する。
一応、怪我する確率はこちらの方が高めなのだ。
話を裏返せば、主に怪我などさせる気も全くといって最初から無いのだが良いとしよう。
「ええやん…?!」
「謙也ッ!!」
そう言って、軽口を俺に叩こうとしていた主に何処からか炎が槍のように何発も飛んでこようとしていた。
が、それをみすみす見過ごすわけもなく体格はあまり変わらない主を抱き上げた。
妖怪であるからこそ、出来る力技だ。
その体制のまま軽く20mは離れると主を降ろし主の前に立つ。
「おおきに、蔵ノ介」
礼を言う主に対して、振り返り完璧な笑みを口元に乗せ孤を描くような形で返事を返す。
「どう致しまして」
「炎やん。危ないやっちゃな…、悪鬼やろ。小賢しい奴やわ」
そう言う主は眉間に皴を寄せる。彼は、正々堂々と勝負する方が好ましいらしく機嫌が少々悪い。随分と呑気なのだ変なところで。
「こんくらいなら、謙也は出る必要はあらへん」
白く汚れのない包帯をひゅるひゅると端から引っ張り全て取るとそこら辺に投げ捨てる。
替えなどいくらでもある。
包帯を取るという事はすなわち手加減をしない、という事になる。
元より、主の前に立つ者が主を傷つけようとするならば誰であろうと手加減などしないが。
「よろしく」
「おう」
そう言って徐々に禍禍しい姿となり堕ちた悪鬼が俺らの前に姿を現す。
思わず、口角を上げ端から見るとニヒルな笑みだろうか。どちらにせよ、妖怪なのだから破壊衝動は止まることを知らない。悪鬼をハカイするのだ、自分の欲のためではなく自分の命よりも大切な大切な、主のために。
そう改めて心に言い聞かせ小さく深呼吸して悪鬼に視線を向ける。
背中にぞわぞわと不思議なモノが駆け上がるのを感じながら、悪鬼へと走るのだ。
いつか罪に呑まれても
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紫火様より頂きました。素敵な小説ありがとうございました!!紫火様のお陰で主従萌えがヒートアップしました…!
ほんとありがとうございました!