芸能人 | ナノ



芸能界というのは、俺にとったらTVの中の世界で、一生無縁で居続ける世界だと思っていた。だが、ひょんなことに俺はその芸能界という世界へ足を入れてしまった。
所謂、俳優という職業で。

昔から舞台を見るのが好きだった。その影響で中学・高校と演劇部に入って、学校の小さな舞台には何度か立った。高校は男子校だった為に限られた物しか出来なかったが文化祭でやったロミオとジュリエットは今でもトラウマだ。ロミオとジュリエット事態は俺も好きな話だ。初めて舞台で見たときは泣いた。しかし、いざ自分達がやるとなったら話は違う。なんせジュリエット役が男で、俺だ。俺の中のジュリエット像がガラガラと音を立てて崩れて言ったのは今となっても忘れない。でも中途半端な劇にはしたくなくて、本気でジュリエット役に取り組んだ。その甲斐あってかロミオとジュリエットが文化祭の最優秀賞に選ばれたときはなんとも言えない気分になった。
しかし、俺は演劇部に入ったからと言って、これで飯を食っていこうとも思わなかった、と言うよりも食っていける自信がなかった。だから、普通に大学に通ってこのまま親の跡を継ぐつもりでいた。

しかし、いきなり過ぎる従兄弟からの電話で人生が変わってしまった。

「はあ?」
『せやから履歴書おくっとったって言ったんや』
「いや、言ったんや、って…」

勝手すぎるやろ、と文句を言おうとしたら、来週東京に来いと告げられて電話を切られた。勝手すぎる従兄弟の行動に頭が付いていかず、大きく溜め息を吐いた。

「どないせえって…いうねん」

今すぐ断れと物申そうと電話を掛けるが、現在運転中ですと無機質な女性の声が返ってくる。

「何がドライブモードやねん!!免許持っとらんやろ!!」

携帯を布団へ殴り付け、その携帯に向かって怒鳴り付ける。
とりあえず、誰かにこの苛々を伝えたくて一階に居るであろう弟の元へと歩を進める。案の定弟はスナック菓子を片手にテレビに釘付けになっていた。テレビに映るのは最近有名になっているドラマで、視聴率もかなり高いらしい。話の内容事態はベタベタな恋愛ドラマで俺はあまり好きにはならなかったが、そのドラマの主人公役がかなりの人気俳優らしく、演技力も容姿もAランクらしい。後半は全部翔太から聞いた話だから、イマイチ情報に掛けるが。

「翔太聞いてくれや、」

侑士の勝手な行動を始終話すと、翔太は、ふうん、興味無さげに返した。俺がこんなに困っているのに弟は、ふうん、の一言だけ。実の兄が困っているというのに。ジトリとテレビに視線を向けたままの心無い弟を睨み付けると、チラリとこちらを見て、ええんとちゃう、と返事が返ってきた。

「は?」
「せやから行けばええんとちゃう?」
「な、翔太!お前も俺をからかうんか!!芸能界っちゅーんはこないなイケメンが仰山おるところやで!!」

テレビに映る翔太が絶賛していた俳優を指すと、白石は別格や、と冷めた意見が返ってくる。

「兄ちゃん演劇とか好きやん、俺も兄ちゃんの劇見たけど良かったで」

なかなか兄に対してデレてくれなくなった思春期の弟が俺を褒めてくれるのは、中々レアだ。いや、もう一生無いかもしれない。ああ、翔太がそんなに進めてくれるなら、芸能界に…

「…いやいやいやいやほだされたらあかん。あかんで謙也。これは何かの陰謀や、侑士と翔太が嵌めようとしとんや…しっかりしいや謙也」
「なにぶつぶつ独り言いっとんねん。まあ、そない簡単には受かるもんともちゃうし、受けるだけ受けたらええやん」
「せやけど…」
「はい、決定。これ今日最終回やねん。兄ちゃんもう黙っといて」

話はそれで終了、と言わんばかりにボリボリとスナック菓子を貪りながらまたテレビに視線を戻す。スナック菓子は太るから程ほどにしときや、と言い残し降りてきた階段を登っていく。

「俺みたいな平々凡々が受かる筈ないもんな」

このちょっぴりの好奇心と弟の後押しのせいで俺は、引き返せないことになってしまった。

この後、東京にオーディションを受けにいって、何故か俺が受かってしまって、親に何を言えば言いのか何時間も悩んてまいる間に、侑士が勝手に親にバラして、そしていつの間に親をほだしていて、俺はただ呆気に取られたまま事は気持ちが悪いほど順調に進んでいた。

「ありえへんやろ」
「せやな」
「まず…何でお前が一緒におんねん!!!」

さぞ当たり前かのように、隣に立っている元凶こと侑士を怒鳴り付けると、ヘラヘラと笑い返された。

「やって景ちゃんの会社やし。あ、俺ここで働きよるんやけど、しっとった?」
「知らんわ!!てか景ちゃんって誰やねん!!」
「え、ここの社長」
「社長って…そない馴れ馴れしい呼び方してええんか?」
「あれ?言っとらんかったけ?ここの社長俺の友人やって」
「知らん!!」

何もかも初耳で、頭がこんがらがってきた。気のせいか頭痛までしてきた。昔からそうだった。俺は、何でも侑士に相談していたのに、侑士は俺に何も言わずちゃっちゃっと物事をすすめていた。侑士のそういう1人で何でもできるところは凄いとも思うし、尊敬もするが、俺まで巻き込まないで欲しい。

「お前、ほんまありえへん」
「おおきに」
「てか、お前の友人っちゅーことはそない若い奴なんか」
「あれ、謙也見たんとちゃうの?オーディションのときに凄い偉そうな奴おらんかったか?」

ああ、そういえば居た気がする。凄い眼力で視てくる上に、VIPな椅子にどかりと座った俺様何様を体現したかのような奴が居た気がする。いやでもまさかな、と思い考え直すがどう考えてもアレしか当てはまらない。と言うよりも印象が強すぎて他の審査員の顔までぼやけてきた。

「まあ、ええわ。今から社長んとこ挨拶行くから」
「はあ…」

ずるずると重い足取りで連れていかれたのは、社長室と書かれたいかにも高級そうなドア。コンコンと木製のドアを叩くと、入れ、と返事が返ってきた。ガチャリと開かれたドアから見えたのはやはりあのオーディションのときいた男、それともう一人見覚えのある男の姿。

「失礼します…」

控えめに部屋の中へ入ると、社長が一瞥、そして、もう一人の男が此方をくるりと向いた。その男の顔を見て思わず、あ、声を漏らしてしまった。だってその男は弟が今ハマっていると言っていた男だから。テレビで見るよりも何倍もかっこ良かった。思わず視線を外せなくなるくらい。
その男もこちらを凝視していた、正直じとじとと顔を見られるのは顔に自信がない俺には余り良いものではない。すると男は何かを思い出したかのようにいきなり「あ!」と声を上げた。その声にびっくりしたのは俺だけではなく、隣に立っていた侑士も社長席に座っている社長もビクリと肩を跳ねらせた。

「ジュリエット!!!」
「っな…!」

ブハッと侑士が隣で吹き出したのが耳に入った。俺が一番抹消したい記憶No.1を男は初対面のくせに引きずり出してきた。思わずわなわなと口が震えてしまう。しかしそんな俺に気づいていないのか、話を進めていく。

「ジュリエットやろ!忍足謙也!社長、この人忍足謙也やろ?」
「あ、ああ…」

多少、対応に困ったと言わんばかりの返事を返す。テレビで見るからには大人しそうなイメージがあった男はそんなイメージを地平線の彼方に全力で投げ捨てていた。男は嬉しそうに言葉を続ける。

「めっちゃジュリエット好きやってん!」

綺麗な顔をした男が段々俺に近付いてきて数歩手前で止まった。

「握手してください!」

若手で最も人気があると言われている男に握手を求められた。多分、今この状況はあってはならないものだと思う。社長に目を向けると、どうしたものかと眉間にシワを寄せて、従兄弟を見ればどうやらツボにハマったようで今だ腹を抱えて笑っている。自称ポーカーフェイスじゃなかったのか。
差し出された手を無下にする事ができず、ギュッと握るとギュウッと握り返された。

「ほんまべっぴんさんやな」
「べっぴ…!」

意味を履き違えているのではないかと文句を言おうとしたとき、眉間にシワを寄せた社長が口を開いた。

「白石、もういい。お前は下がれ」
「んな冷たいこと言わんといてや、感動のご対面やで」

感動も何も俺は一ミリたりとも感動はしていないし、むしろ昔の思い出を掘り起こされて気分が悪くなったくらいだ。

「よろしゅう」

だらしなくへらへらと笑う目の前の男に思わず溜め息をつきたくなった。








end






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遅くなって申し訳ございません!藍羅様リクエストありがとうございました!
人気俳優×若手俳優…、完全に白石の一方通行になってしまいました…!すみません!
今後もよろしくお願いいたします。




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