今日も俺の主は、部屋の片隅の大きな窓際に立ち、空を見上げている。只でさえ1人で住むには広いすぎる部屋が、余計に広く見える。
「失礼します。」
窓際に立つ主に声を掛けると、こちらをチラリと見てすぐに窓の外へと意識をやった。もうこれは慣れたやり取りだ。いつも通り言葉を続ける。
「王子、護衛に参りました」
「…今日、何かあったけ」
窓の外に意識を持っていったまま、言葉だけをこちらに返す。
「姫様がお待ちです」
そっか、と単調な返事が帰ってくる。視線は一度もこちらに向けてくれない。
本当は、彼は今日何をすべきなのかは知っている。今日は、隣国の姫との婚姻をする日。彼の父である国王はこの日の為に色々と動き回っていた。所謂、政略結婚というヤツだ。彼に選択権など端から用意されていない。あるのは、王が作った場所だけ。彼は小さな頃からそうだった。一度も父に反発できず、この部屋にほぼ軟禁状態で育てられ、父が用意した場所にただ立ち、道具として育てられた。実の息子に対する愛情など俺が知る限りでは見たことがない。そのせいか、彼が笑うことは今ではめっきり無くなった。昔は、よく笑う子だった。うんと小さなときだったが。
彼と出会ったのは彼の6歳の誕生日のとき。代々白石の家系は忍足家の騎士として勤めていた。剣を持って一年足らずのことだった、俺は主となる少年を紹介された。俺と同い年の子。少年は笑って俺の手を取った。同い年の男の子は初めて見たのだと楽しそうに語った。そのときの笑顔は見惚れるものだった。幼い俺はまだ護衛としての任務は果たすことができなかったが、いつかはこの人を守ろうと決意を立てた。
俺は、その日から初めてあった主に恋をしていた。
そして、この想いが無駄だと気づいたのは10歳のとき。
10歳。俺はやっと城内の騎士として働けるようになった。しかし、想いを向ける相手には会えない。王子は軟禁状態にあると、その時知らされた。だが、それを咎める者は誰一人としていなかった。
最初こそは、彼の様子をどうにかして見てみようとしたが、10歳の青臭い騎士が王子に合わせて貰える筈もなくいつも肩を落としていた。しかし、何度もトライをしようとする度に身分の違いを見せつけられ次第に彼への想いが無駄だということに気づかされていった。今思えばバカらしい想いだった。主に恋をするなど、あってはならないことだ。
褪せていく想いから2年が経とうしたとき、彼の12歳の誕生日パーティーが開かれた。騎士としては新米である俺は遠くからしか見えなかったが、成長した彼は完全に昔とは変わっていた。見た目や言動だけではない。雰囲気までもだ。あの自分が見惚れた笑顔など一度も見せなかった。仮面を張られたような笑顔。最初から決まった言葉。嫌々しているというのが丸分かりだった。だが、家来の大抵はそれに気づいていないようで「御立派になられた」と話していた。
御立派?マニュアル通りのことをすれば立派なのか?
バカらしいと思った。家来も国王も。彼の想いに何一つ気づいていない。俺は、ふつふつと沸いてくる怒りに静かに拳を握った。そんなときだった、フと初めて主と出会った頃の記憶が脳裏を過った。
この人を守ろうと誓った、あの頃の記憶が。
俺は、その日からがむしゃらに働いた。最年少で隊を1つ任されたことで騒がれたりしたが、そんなことはどうでも良かった。早く、早く主の元へ。必死だった。そして、15歳になったとき俺はやっと主の護衛役として付くことができた。しかし、彼はやはり代わり映えはなく、まるで人形のようだった。
俺は、本当は彼がここから逃げたしたいのも、結婚をしたくないのも分かっている。彼は癖のように窓際に立って空を見つめる。外に出たいという思いからほぼ無意識に行われている行為。
育ちの良さが現れた立ち姿や、窓の外の光に反射のせいで金色の綺麗な髪が鮮明に見える。
「なあ、白石」
「…っはい」
視線は相変わらず外に向かっているが、俺へ少し意識を向けてくれた。それだけでも、心臓がドキリと跳ねる。
「白石って親おる?」
「いえ、二年前に父が他界しました」
「ごめん変なこと聞いて」
「いえ」
沈黙が流れる。相変わらず動こうとはしない。すると彼はこちらを一瞥して口を開いた。
「白石…今から敬語やめて」
「…はい?」
「命令。あと俺のこと呼び捨てな」
窓の外に向かって吐き出されているように見えるが、完全に自分に向けられたものだった。淡々と下される命令は、どれも自分にはかなりの度胸がいるものだ。これなら、今から山で熊を狩ってこいと言われた方がマシだ。変な汗がだらだらと流れる。
「…えーと…」
視線を床に落としたまま言葉を探す。命令といわれたら、断ることなどできない。だが…
「ま、ええわ。それはサブやから」
「は…?」
サブと言うことはこれからまた違う命令が下されるのだろうか。来る命令に構える。すると彼こちらをジッと見た。次の瞬間、信じられない命令が下される。
「今から俺を連れ出して」
一瞬耳を疑った。彼がここを出たいのは知っていたが、まさか自分から主張をすることがあるとは思わなかった。凝視すると「命令」と返される。
「しかし…」
「やって…白石は俺を連れ出してくれるやろ?」
あたかも当たり前のように話す彼の言葉に思わず硬直する。確かに彼を守ろうとも思ったときに、この人をどうやってこの場から逃げ出さそうかと常々考えていたが、主が不満を自ら唱えることはなかった上に、この城内から脱走など確実に無理だと分かっていたから諦めていたこと。
「あの…」
「敬語」
「……そないうまくいくことやない…」
「分かっとるわ、そんくらい」
「分かっとんなら…」
「せやからお前に頼んどんねん」
「…そないなこと言われても」
「お前しか信用できん」
プイッとまた視線を外へ戻す。連れ出してやりたいのは山々だが、自分のその行いは騎士として……いや、俺はこの人を守るために今までやって来たんだ。今ここで主への忠誠を見せなくていつ見せる。意を決して彼の方へと歩を進め膝を着く。それに気づいた彼は、窓の外に向けていた意識を完全にこちらに向ける。
「白石蔵ノ介は今から貴方を拐います。もしお捕まりになった場合は私の名をお出しください」
「……」
「騎士の名に掛けて全身全霊を持って貴方をお守りいたします」
「…おおきに」
何年振りに見た主の笑顔は、酷く美しいものだった。
end
紫火様へ贈ります。
凄くノリノリで書かせて頂きました。白石が誰こいつな状態ですね…すみません。敬語白石案外書きやすいです。蔵謙要素が薄くなってしまって申し訳ないです。なんだか、続きそうな展開で終わって申し訳ないです。謝ってばかりで申し訳ry
もし御要望がありましたら、続きをお書きします。
リクエストありがとうございました!
紫火様のみお持ち帰り可能です。