「帰らんでええの?」
ベッドから手を伸ばせば届く距離に立つ謙也が、水を汲みながらこちらを一瞥して言った。
「今日は一緒に居って謙也」
「今日は、て。昨日もそれ言いよったやん。さすがに2日続けてはまずいんとちゃう?」
「ええの」
未だ上半身裸の謙也に腕を伸ばし絡めとる。首筋にチュッとキスを落とすと謙也はくすぐったそうに身を捩った。昔から変わらない謙也の匂いは甘い媚薬のようだった。その匂いを堪能していると謙也が悩ましげに口を開いた。
「けんた君は大丈夫なん?」
「けんは、大丈夫やろ強い子やらから、謙也にそっくりで」
「そ、か。でもあんま子供は1人にしたらイカンで。」
「わかっとる」
謙也の腕を引っ張ってベッドの上に沈める。パサリと落ちる金髪が綺麗でソッと壊れ物を扱うように撫でる。しかし、謙也はどこか納得のいかない表情を浮かべていた。どうしたん?と聞くと、謙也は控えめに口を開いた。
「あの子、お前に似てないなぁ…思って。見た目は母親似ゆうても、癖や態度や行動、少しは父親にも似るはずなんやけど…」
「ま、せやろうな」
「せやろうなって…!」
「俺の子やないし」
「え…」
謙也は目を丸くして驚いていた。まあ、それが当たり前な反応な訳だが。
けんは俺の子ではない。けんの母であり俺の嫁であるカナエとは同じ大学で出会った。俺は、カナエには正直興味は無かったが、カナエは俺に興味があった。それは見え見えだった。白石くん、白石くん、と猫なで声で擦り寄ってくる様は鬱陶しかった。カナエは大手財閥のご令嬢で中々顔も良かった。金さえあれば何でもできるというのを体現した女だった。ある日、サークルの飲み会になぜかカナエが来ていて、さぞ当たり前のように俺の隣にいた。
次の朝、ベッドの上に俺とカナエが寝ていた。昨日の夜の記憶は殆どない。だが酔うほど飲んだ覚えはない、それに俺は酒にそこまで弱くもない。頭も痛くない、吐き気もない。
──盛られたか。
なぜか頭は冷めきっていた。一時して、起きてきたカナエは幸悦とした表情でこちらを見た。
3ヶ月後、彼女は──
「子供ができたの。白石くんの」
と、幸せそうに笑ってきた。
その後、気持ち悪いほど坦々と決まっていき、令嬢で一人っ子のカナエの家には誰も跡取りが居なかった為、俺はカナエの家の婿養子となった。
まるで、最初から決まっていたかのように。
「ほんまに、お前の子やんないんか…」
「俺はヤっとらん。飲まされたんは睡眠薬。夢精やあらへんし、寝よって勃つわけないやろ。素っ裸にされて寝ただけ」
「じゃあ、あの子誰の…」
「多分、俺と結婚する為に誰かと無理矢理作ったんやろな」
「なんやそれ…なんでそないな奴と結婚したんや…!それやったらDNA鑑定して、その子の親をちゃんと調べて…」
「そないなことしたら、けんはどうなんねん…カナエの勝手な都合で生まれたんやで…その上父親も分からんままは酷いやろ」
「白石…」
「それに…」
一番酷いのは、俺だ。
同じ名前を付けて、テニスを覚えさせて、好きだった相手と重ねて、息子を見ようともしない自分が一番残酷だ。謝って償えるものではない。俺は──
「謙也、」
「なんやねん」
「ごめんな…」
「白石?」
「謙也…」
「どないしたん?」
「謙也、謙也」
謙也、俺はどうしたらいい