ヒュンッと耳元で鋭い音が鳴った。
視線をずらし自分の右側に向けると、頬から赤い生ぬるい液体がポタポタと流れ落ちている。
視線を前に向けると、いつもは軽口を叩いている男が殺気を含んだ瞳で私を刺す。

「かすが」
「……っ」

男は地を這うような声で私の名を呼んだ。視線がぶつかる。
ヒュッと空気を吸い込んだ。まるで呼吸を忘れたかのように、息が詰まる。

───殺される…

逃げろと頭の中で警報が鳴り響く。体が動かない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
逃げなければ、という思いだけが先走る。

(動け…!動け…!!!)

やっとの思いで足が一歩後退したが、へたりと地面に座り込んでしまった。
腰を抜かせてしまった。
こんなときに何をしているのかと、自分が情けなくなる、目の前の男は殺気を消そうとはしていない。

───謙信様…

脳裏に浮かぶ想い人。
謙信様の天下統一の為に私はここまで来たのできたのに。
情けない…情けない。
最後は、若虎の暗殺にも失敗したうえ、その部下の忍に殺されそうになっている。
私は、あの方の為に何もできなかったのだ。
気づいたら涙が流れ落ちてきていた。敵に今から殺されるというのにみっともない。最後まで醜態を晒すのか、私は。

「謙信さ…ま…」

声が盛れた、恐らく最後であろう主君の名前を。

貴方とずっと一緒に居たかった。

覚悟を決めて目を瞑った。
前方からザッと土を蹴る音が聞こえた。殺される。
しかし、待っても痛みは訪れない。不思議と思い、目を開けると、男は背を向けていた。

「殺さないのか…?」
「…次、旦那の暗殺なんて真似をしてみろ…殺す」

そう言い残し、巻き上がる突風と共に男は姿を消した。
まだ完全に殺意はあった。私は気紛れで生き延びたのか。

「謙信さま……」

静寂に響くは主君の名。







end











幸←佐要素を入れようとしのに全く見当たらない件(^q^)
BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -