どんな奴にも、キライな奴は1人ぐらいいる。
例に漏れず、俺にもいる。
そいつの名前は、白石蔵ノ介。



ことあるごとに、俺に突っ掛かってきては、馬鹿にして居なくなる。暴力と言うものは受けないが、人を小馬鹿にして笑うアイツがキライだ。いつも友達がいない謙也君、と馬鹿にされる。確かに、後輩の光と転校生の千歳とホモなバカップル(一氏と小春)しか友達はいないが。
白石の周りには、いつも人がいた。男女関係なくだ。しかも、誰もが認めるイケメンというやつだ。その長所を活かしてか、いつも違う女の子と歩いている。そんなんなら1人の方がええわ、と強がってみる。が、どこか羨ましがっている自分が嫌になる。
最悪なことに、同じクラスで同じテニス部。しかも、白石はテニス部の部長。確かにリーダーシップというものは有るかも知れないが、俺はアイツに従う、というよりもついていくのが嫌だった。とにかく、あいつに反発したかった…が、自分にそんな度胸が無いのは初めから気づいていた。反発出来ないからといって、アイツのせいで好きなテニスを辞めると言うのは嫌だ。それに、テニス部には仲の良い奴だっている。だから一度もテニス部を辞めようとは思わなかった。

「1人で弁当?楽しそうやなあ」


ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべて、話しかけて来るのは白石と数名の男子。
今は昼食時。教室では皆、弁当の用意をしていた。
俺は、屋上で千歳と光と食べる約束をしていたので、早々に教室を出ようとしたとき、いつものごとく止められた。よう飽きんな…と心の中でぼやいた。無視して行こうと思ったが、俺を阻むかのようにドアの前を占領して立っているから動くにも動けなかった。

「別に、関係ないやん」

ぶっきらぼうに答えると白石は面白くない、と言うように眉をしかめた。

「寂しいやつやな」

なぁ、と互いに顔を見合わせてわざとらしく大声を上げて笑ってくる。その笑い声のせいでクラスの皆の視線が俺に集まった、クスクスという笑い声が聞こえてきた、あまりにも恥ずかしくて、情けなくて、反発をしたくても、そんな度胸は無くて、下を向いて拳を握ることしかできなかった。
すると、聞き慣れたテノールボイスが聞こえきた。

「なんしとう?」

「千歳…」

顔を上げれば、珍しく怒気を表した千歳の姿があった。
身長もあってか、それともいつもと違う千歳だからか、とにかく迫力があった。

「謙也、行くばい」

大きな手にしっかり腕を捕まれて、ずるずると引っ張られるがまま屋上まで連れていかれた。





「遅いっスわ」

「すまん…光」

読んでいた雑誌を閉じて弁当の用意をし始めた光に謝罪の一言を言うと、今回だけ許してあげますわ、と文句を言いながらも、なんやかんやで待っているコイツはつくづく可愛い後輩だと思う。

「…なあ謙也」

少し沈んだ声で千歳は俺の名を呼んだ。

「なんやねん」
「あれは…」
「ああいつものことや」

気にせんでええで、と言い弁当の用意をし始めた、しかし、千歳は腑に落ちないと言うように眉をしかめた。

「まだ続いとるんすか。部長もようやるわ」

光は呆れた、と言わんばかりの口調で話した。光は、去年入ってきたときから薄々と感づいていた、去年の終わりには全てバレていた。千歳は、今年入ってきたばかりだから、知らない方が当たり前だ。(部活での俺と白石はほぼ喋ったりはしない。)

「辛くなかと?」
「…慣れたっちゅーたら嘘やけど、今さらどうこうできる話やないと思うんや」
「なして?」
「白石は昔っから俺のことキライやからなー」

少し明るめの声を出すと、千歳は悲しそうに眉を潜め、ポンポンと頭を優しく叩いた。

「無理したらいかんよ」

千歳の心配そうな声と、優しい手に目の奥がジンとした。

「なんや、おばあちゃんみたいなやっちゃな…」
「褒めとう?」
「さぁな」

ニヤリと笑うと、怖か、と千歳は笑った。千歳といると心が暖まる気がする。白石とは大違いだ、とここにはいないやつに毒づいた。




昼食の時間はすぐに終わってしまい、また憂鬱な時間が始まった。
教室に戻ると、クラスの皆がニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべ俺をみる。

「弁当おいしかった、謙也くーん?」

そう茶々を入れてきたのは、先ほど白石といた数名の男子だった。教室に、白石はまだ帰ってきてないようだ。めんどくさくなって無視をすると、無視すんなや、と声を荒げた。余りの声の大きさに眉をしかめると、反応を示した俺に気をよくしたのか、声を張り上げて叫んだ。

「謙也君と千歳はデキとんやってー!」

いきなり何を言い出すんだと声を荒げた本人を見やると、意地悪そうな笑みを浮かべていた。クラスもざわざわとどよめき始めた。

「ちゃうわ…!千歳とは友達や!!」

「嘘ついてんのバレバレやで!!」

下品な笑い声に焦りと同時に怒りが募った。ここで、声を荒げても誰も俺の言葉になんか耳を貸さないのはわかっている。けど、このままだと俺だけじゃなくて千歳にまで被害がいってしまう。どうすればいいのかわからなくて唇を噛み締めることしかできない自分に無性に腹がたった。

「さっきも、なんかしよったんやろ」
「千歳もキショいわ」

皆の注目がより一層集まった。あまりにも惨めで唇を一層噛み締めた、鉄の味がしたが今は気にしてる余裕なんかなかった。悔しくて悔しくて目をキュッと瞑った。視界がじんわりと歪んできた、このままではこいつらの思うつぼだ。情けないことに、たどり着いた答えが逃げ出すというものだった。何も聞きたくなくて耳を塞ぎ教室のドアに向かってがむしゃらに走った。
教室を出るとき、ドンッと勢いよく人にぶつかった、反動で床に思いっきり尻餅をついた。こんなときに誰やねん、と内心愚痴り視線を上げると白石だった。驚いたように目を見開いた白石が何かを言おうとしたが、無視して廊下を走った。
教室から逃げるんか、と笑い声が聞こえたけどそれも無視をした。




誰もいない部室で、声を抑えて泣いた。誰もいないのだから声を荒げて泣いても良いのだろうが、これが男としての最後のプライドと言うものだろうか。

「…アホォ…皆死ね…」
「えげつないな」

いきなりの声に、ビクリと肩を震わせた。1人の部室の筈なのに聞こえてきた声。顔を上げると、一番見たくない人物のが立っていた。

「白石…」
「ホンマに泣きよるわ」

わからない。なぜ俺を嫌っているこいつがいるんだ。
いや、俺が、嫌いだから笑いに来たのだろう。それなら、納得がいく。

「なんしに来たんや…」

「………」

白石は何も答えずに、俺を見下ろすように立っていた。

「なんか言えや…」
「………」
「……馬鹿にしに来たんやろ」
「………」
「でてけや!!!!」
「………」

動こうとしない白石。泣いている俺を笑いもしない、馬鹿にもしない、本気で何をしに来たのかわからない。

「…謙也、慰めちゃるわ」
「……は?」

一瞬、呆けてしまった。俺が泣いているのはコイツやコイツの友達のせいなのに、なぜ加害者に慰めてもらわなければいけないのだ。
白石は俺の前に屈んだ。一気に距離が縮まった気がしてビクリと肩を震わせた。

「アホか…でてけや…」

「謙也…」

今まで、小馬鹿にされるようにしか呼ばれなかった名前とは打って変わって、優しく呼ばれた。いきなりのことにドキッとした。
目の前には白石のムカつくほど整った綺麗な顔があった。なぜか、恥ずかしくなって白石から目を反らした。

「……謙也」

まるでそれが合図かのように、白石の顔が接近してきた。馬鹿の俺でも、この後何が起こるのかさすがに分かった。

「やめえや!!!」

あと数センチの所で白石の胸板を強く押した、スッとあまりにも簡単に退いたので、少し油断をしていたら、次の瞬間グッと白石の顔が近づいた。

「んっ…!!」

頭が真っ白になった。何が起きたのか分からなくて、ただ目の前にある白石の顔が鮮明に見えた。
後頭部を捕まれ、深い口付けになったとき、ようやく事態を把握した。力いっぱい押し返そうとしても、さっきのようには引いてくれず、簡単に押さえ込まれてしまった。

「や…めえや………」
「イヤや」

嫌味なほど爽やかに笑う白石。女子だったらキャーキャー言うかもしれないが、俺にはそんな余裕が1つもなかった。

再度、口を押し当てられた。しかも、今度は舌まで捩じ込まれた。あまりの衝撃に目を開けると、いやらしそうに笑う白石と目があった。恥ずかしくなって、ギュッと目を閉じた。

無理矢理舌を絡めとられ、口内を玩ばれ、腰が抜けそうになっていた。段々と、抵抗をする力もなくなってきて、自然と白石のYシャツにしがみつく形になっていた。
キスに酔っていると、いきなり、服の中に手が侵入してきてビクリと体が震えた。

「ひっ…ぁ…やめ…っ!」

唇を無理矢理引き剥がすように離すと、銀色の糸が伝って恥ずかしかった。
今さらになって、抵抗をし始めた俺を、白石はジッと見てきた。

段々と、覚めてきた俺の頭は、何が起こったのかをもう一度振り返った。

「…な…なんすんねん…」
「遅いわ…」

はあ、とわざとらしく溜め息を吐く白石。俺の方が溜め息を吐きたい。
何かに気付いたか、白石は俺を見た。

「顔、真っ赤」

プハッと吹き出すように笑われた。
また馬鹿にされた。さっきの行為も俺が気に入らないからしたんだ。なんで、俺がこんな目に会わなければならないんだ。そんなに、嫌われるようなことを俺はしたのか…。だからと言って、こんなに酷いのは初めてだ。
堪えていたモノが一気に流れ落ちるように、涙がでてきた。

「……っひ、く……もう…イヤ…やあ…」

情けなく声を荒げて泣く俺を、吃驚した目で見る白石。

「謙、也…?」

「…触ん…なや」

伸ばされた手をバシッと払い除けた。

「…キラ…イや……キライ…」
「………」

俺は、白石をドンッと突き飛ばし勢いよく部室を飛び出した。
まだ唇に残る白石の温もりを思いだし涙が出た。
でも、白石とのキスがそこまで嫌じゃなかったのが一番の謎だった。



end















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