「謙也かわええ…」

うっとりとした表情で少女は目の前でぐっすり眠る少女を見つめる。時折、こっそり手を伸ばし金髪をスルリと撫でるが、当の本人は全く気付くことなく夢の世界へと行っている。
今は、教室。昼食を食べ終えてすぐに少女─忍足謙也は寝た。昨日は、従兄弟と電話をしていたため寝るのが遅くなったのだと、あくびを溢しながら語った。そんな様子を微笑ましそうに見つめていたのは、今幸せに浸っているこの少女。

「あの白石さん…」

しかし、それはすぐに終わった。弱々しい声で男に名前を呼ばれ、白石と呼ばれた少女─白石蔵ノ介は不機嫌だと言わんばかりに眉間にシワを寄せた。男を一睨みすると、びくりと体を震わせた。

「なんや…今、忙しいねん。三文字で要件言え」
「え、いやあの…」
「はい、ブー。失せろ」

白石はまた光悦とした表情で謙也を見つめた。豹変という言葉を模範回答ぐらい綺麗に具現化していた。白石の中ではもう男の存在は消されていた。しかし、男は怯まず口を開いた。

「あの、ちょっとお時間ええですか…?」
「いやです。そんな大事な要件やったらここで言え」

白石の言葉に男は顔を赤くした。白石は気づいていた、この男が自分に告白をしに来ていることを。中学、小学ともう何百回もされてきたことだ、白石にとっては日常茶飯事と言っても過言ではない。白石はかなりの美貌の持ち主だった。スタイルも抜群で頭も良い、その上運動神経もいい。ファンクラブもあり、生徒からは四天宝寺の女帝と呼ばれていた。
そんな彼女だが、彼氏を作ったことは一度もなかった。というよりも興味がなかった。中学入ってからは特に。彼女が興味を示すものは忍足謙也ただ1人。
一目惚れだった。なびく金髪の髪や華奢な体型、明るい笑顔。少しドジな所や、鈍感な所。言い切れないくらい彼女は謙也に溺愛していた。全てが好きだと、彼女は堂々と謙也の前で語れるだろう。しかし、神がかりな鈍感力を持つ謙也は友達感覚で、おおきにとこれまた可愛く笑うだろう。しかし神がかりな鈍感力のお陰で、女子とは云えど少し過激なスキンシップやどさくさに紛れてキスだってできる。白石は、女の子に生まれて良かったと何度も思った。そんな、思いに浸る時間を踏みにじる男を絞め殺してやろうかと言うくらいキツく睨んだ。

「あ、あの…」

クラスには白石達の他にもたくさんいた。その中で男は果敢に口を開いた。きっと、白石にさえ惚れていなければ中々モテる男だろうな、と見守るクラスの数名が悟った。

「好きで」
「ごめんなさい」

即答。それはそれは見事なものだった。男は自分の告白がまさかここまで粉々に粉砕されるとは思って居なかったようで目に涙を浮かべていた。それに追い討ちを掛けるように白石はまだいたのかと一睨みした。
すると、今の今まで寝ていた少女がゆっくりと頭を上げて大きくアクビを吐いた。んーっと体を伸ばし、ワンテンポ遅れて目の前で呆然としている男と光悦とした表情でこちらを見つめる白石に気づいた。

「…んっ…なんかあったん?」
「何もないよ、謙也」

先ほどまでは考えられないほど綺麗に笑ってみせた。

「謙也、お菓子作ってきたんやけど食べん?」
「ほんまー!食べる!」

ああ可愛い、白石は生きてきて良かったと言わんばかりに頬を緩ませる。今度こそ男はアウトオブ眼中になっていた。きっと今、白石に話しかけても先ほどの様に応答はしてくれないだろう。白石は笑みを絶やさず謙也の話に全神経を向けている。完全無視状態になるのは考えなくても分かる。しかし、ここでも神がかりな鈍感力を発揮してしまったのは、やはり謙也。

「あ、お菓子どうです?」

それは良心で男に向けたものだった。しかし、男にとっては死刑宣告が出されたのと同じだ。

男が廊下でボコボコにされるまであと5秒。








end










和波様へ捧げます。
百合おいしいです…!
和波様の書かれる百合には到底敵いませんが、楽しく書かせていただきました。
♀謙の鈍感力は最終兵器並みだと思います。
白石は♀の方が幸せだと思います。セクハラ的な意味で。




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