「でしょうね。いってらっしゃいな」
そういってまた紙をめくる。起承転結で言えば「転」という物語としては一番茶々をいれられたくはないところだったからだ。それに、言われなくても分かっていた。海賊になることぐらい分かりきっていたことだった。
「お前ってやつは…」
「ちょっと黙ってて今とてもよいところなの」
「そういっておれが待ったことがあるか」
「残念ながら一度もないね」
私はため息をついてから、ページ数を覚えて本を机に置く。そこでやっと彼を見た。
「で、いつ船出するの?」
「明日の夜」
「速いのね」
「遅いほうがよかったか?」
「別に。分かっていた現象が今こようが、何年後にこようが私は動じない」
「つめてーな。恋人が海賊になるってのに」
「それも分かってたのよ。私は恋人が海賊になるのをわかって付き合ったの。分かりすぎてつまらない、この本を読んでいたほうが退屈しのぎになった」
「……お前はなんでも分かってるんだな。神様か」
「言葉足らずね、おれのことはって冒頭につけてくれないと、まるで私は全知全能の神みたいじゃない」
彼は「ホントお前は素面ででれるよな」と笑って私の横に乱暴に腰掛けた。そうして私の肩に腕を絡ませ引き寄せる。抵抗しない私はそのまま彼の胸に収まる形となった。彼の匂いは好きだ。彼のぬくもりも好きだ。彼の服を掴むと、さっきよりも距離が近くなったような気がして心が安らいだ。今まで肩にあった彼の褐色の手が私の頭を撫でる。
「お前も連れて行く」
耳元で聞こえた言葉に、柄にもなく反応してしまっておもわず顔が彼のほうへ向く。「何いってるの?」いう私を見つめる目はいつもの何かをたくらんでいるような目ではなく、かといって冗談を言っているわけでもなく、今までにないくらい本気の目だったので、私はその目は素直にあこがれた。素敵だと思った。気持ちが高潮した。頷きそうになった。でも逆に、その目が私を冷静にさせた。
「いやよ。私はここに残る、ローの船には乗らない」
「お前の意思は関係ねえ」
「ローがいったのよ。お前は医者だって。私は医者で、私の手は、人の命を預かる手よ。人を助けようとする人間が、その意思を持った人間が、犯罪者になるとしたら本末転倒なの、矛盾してる」
頭の上にあった彼の手をどかして、彼の服を握っていた手を離して、預けていた体を自分で支える。ぬくもりが消えてなくなった箇所が寒い。それだからか私の声は私の部屋に彼をめがけて冷たく響く。
「犯罪者が医者になっても構わないけれど、医者が犯罪者になってはいけないのよ」
「……知ってる。冗談だ」
「悪い冗談ね」
「悪い人だからな」
「知ってる、昔から」
苦笑いをする私を見る彼も苦笑いだった。ココアでも入れるよと立ち上がるとコーヒーにしろと注文がきた。せっかく甘くしようと思ったのに、彼はまた苦く黒いものを飲み干すという。マゾヒストかと呟くと、誰がだと低い声、お互い様だと心で呟いた。
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コーヒーを飲んで一緒のベットで寝て、起きると朝4時で、二度寝をすると寝過ごすのは確定だったので彼の腕から這い出した。リビングが十分に暖まってきたころに彼が起きてきて、私のマグの中身を飲み干してそのまま帰るといった。
「じゃあ、またな」
「また?バカ言わないで、まさか迎えにくるつもり?」
すると彼は「本当につめてー女」と言った。そうして彼は私に一歩近づいて、私の頬を触る。愛でるように、慈しむように、なれない手つきが私をかき乱す。気づかれないように言葉を纏う。
「まあ、お前がどう言おうとおれは迎えにくるぞ」
「あらそう。別に構わないけれど、そのとき私は結婚して子供生んで、幸せな家庭を築くわ。ローはそのとき邪魔者よ?」
「愛する男の目の前で浮気宣言か、しかも邪魔者とまでいうか」
「そうよ。だってその愛する女より海とロマンと秘宝を選んだ男をひたむきに待ち続けるなんて私はできないもの」
彼はもう何を言ってもダメだと理解したのか、私を見てはまた苦い笑いを見せ、私の腕と首に唇を当てた。
「……欲張りね」
彼が何かを言う前に唇を塞ぐ。
放棄した終わりはまだこの手のなかにある
title:彗星03号は落下した