熱風が羽を揺らし、肌にまとわりつく。湿度が高いためその感触は酷く不快だが、同時に嫌いじゃないとも思う。汗と潮、それから自分の腰よりももっと下、今は白いつむじだけが見える少女につけさせた香水の果物の匂いがほのかに鼻腔をくすぐった。
少女は男の大きな手を握ったまま、腕をブランコのように前後に揺らし、白い足でペッタペッタとリズムを刻んでいる。その歩幅はドフラミンゴにとってとてもとても小さいものであるため、先ほどからまごつき何度か抱きかかえようとしたが、少女がそれを嫌がるため彼は珍しく諦めた。そんな余興も悪くないと思えたからだった。
「そろそろ靴を履いたらどうだ?」
「やだ。砂だらけになる」
「怪我しても知らねえぞ」
「しないから」
大きな声で少女は吠える。大人びた真っ白なチューブトップビキニとは不釣り合いな子供の主張に、男は笑いをこらえられない。元より堪えるつもりはないのだが。
「まだなの?」
「もう少しだ」
「ドフラミゴは5分でつくっていったじゃん。嘘つき」
このままナイフでも飛んできそうな叱咤の中、男はいつも通りの笑い声を飛ばす。
「フッフッフッ、そりゃお前の歩幅に合わせてるからだ」
「……まだかかる?」
「このペースで行けばなぁ」
意地の悪いことを言うと少女は首を上げ男を見上げた。眉間に皺が寄り、怒っているのだと男は理解する。しかしそんな仕草すら可愛らしい。ドフラミンゴは歯を見せながら、ひょいっと少女を抱きかかえた。買ったときよりずいぶんと成長したと思う。苦でもないが、以前はまるで小鳥のように重さを感じさせなかったというのに、今はちゃんとここにいるという存在感がある。自分の首に回る、滑るようななめらかさを持つ腕も、女性的な線を描き始めている足も、昔はただ細く短かった。もともと見た目の素質は満点なのだ。そしてたたみかけるように大きな翼と、まるで縫いつけられたように肌に生えるピンクの羽は誰の目にも止まる美しいもので、大人になればそれはそれは自分の国に似合う情熱的な女になると確信している。あとは仕草だけなのだが、これが一向に成長しない。常に色気のある女といるというのに、少女は今だに無邪気で、子供っぽい。宙ぶらりんの両足をぶらぶらさせながら、少女は男の耳元で、ねえねえと声をかける。
「海で遊んだから、帰ったらお風呂入りたい」
「ほお、それは誘い文句か?ストレートだな」
「はあ?誘い文句?私が言うわけないじゃん」
「……」
眉を寄せ、本気の嫌悪に男はまた顔だけで笑う。フッフッフッ。
「そんなに一緒にお風呂入りたいの?お風呂嫌いなのに?」
「フッフッフッ、風呂はただ湯船につかるだけじゃないんだぜ?」
「それ以外の用途はないでしょうに。売春婦のお姉さんと一緒に入るなら別だけど」
「おいおい、どこでそんなやらしいコトバ教えてもらったんだ?」
「さあ?」
少女は遠い目をしてはぐらかす。からかうように翼が羽ばたいて、汗をかいた体にはとても心地よい風を生み出した。
「でもドフラミンゴはお姉さんとお風呂入ったことないよね」
「ねえなあ」
「かっこつかないから?」
「入る必要がねえからだ」
「ふーん。私とは入った事あるよね」
「お前を一人で入らせるほうが不安だろ」
「私はドフラミゴ元気なかったから不安だったよ」
その言葉に男の足は自分の能力にかかった獲物のようにぴたりと動きを止める。そして今は自分とほぼ同じ目線にいる少女を食い入るように見つめた。言葉もなく少女は怪訝な顔をし首を傾げた。見つめ合う瞳に、一抹の恐怖が見えるのを男は見過ごさない。少女は昔から、真顔のドフラミンゴを怖がる。機嫌を損ね、捨てられるとでも思っているのかもしれない。その辺りは大変かわいらしく、男が気に入っている一部だった。男がどこまで野放しにしても、少女を尊重して好き勝手にやらせても、どこかで自分は所有されているという自覚を少女は忘れずに覚えている。支配欲が満たされるのを感じると、男は口の端を吊り上げた。
「不安?お前が、俺を?そりゃ嬉しいぜ」
「昔の話ね。はるか大昔のー」
恥ずかしさから言葉が乱暴になる少女に、そうかよ。男は意地悪く言った。少女は腹を立てて、まるで手綱を打つように、大きな翼で男の背を叩く。それでも男が笑っていると、少女は降参とばかりに、顔を男の首元に埋めた。
「もう、勝手にすればいいよ」
少女の生ぬるい溜息が、言葉とともに男の首筋にかかる。一連の動きに妙に色を感じたので、少女に対する見解を改めなければならないようだった。
赤色のメレンゲ