※イルミが若い 何が憎いのか自分でも分からなかった。それでも憎いという、純粋で強いたった三文字の言葉だけが私の頭にストンと落ちる。落ちて、水面に溶ける水滴のように輪を描き広がって見えなくなって、私の頭はスウっと冷えていくのだ。冷え切って思考がおかしくなるほどに、私の脳みそは凍り始めている。だからなのか、妙にすっきりし過ぎた私は何を憎めばいいのか分からない。私なのか、彼なのか、彼女なのか、どれも違うような気がするし、どれも当たっているような気もする。ただ漠然と憎い憎いと熱がくすぶるだけで、まるでそれが溢れるのを待っているのかの如く私はただじっと、じっと、地面に膝をつき、顔の前で両手を組む。 「祈ってるの?」「…祈っているわけではありません」「じゃあ、何をしていているの?」「さあ、私にもわかりかねません」「ふうん」 まるで金属光沢のような輝き方をした小さい少年はつまらなそうな声を出しながらも、一向にこの場から立ち去ろうとはしない。それすら私には憎い対象でしかない。ああ、今すぐ殺してやりたい。しかし私は殺そうともせず、そんなことおくびにもださず、ただ私を見つめるイルミ様の存在を消した。 私は何が憎いのか。ひやりとまた脳みそが凍る。私を生んで去った母か、私が知らない父か、この閉鎖的な屋敷に私を招いたジルバ叔父様か、それを許し私を愛でるゼノおじい様か、私を暗殺者にさせたキキョウ叔母様か、能面のように光で表情を変え、何かと私に構うイルミ様か、引きこもってはいるが私に何かと優しくしてくれるミルキか、まだ見ぬシルバ叔父様とキキョウ叔母様の息子たちか、回りまわって自分自身か。やっぱり全てが憎くないようは気もするし、憎い気もする。しかしそれ以上に私が憎んでいるものがあるのではないだろうか。そんな気もするのだ。何か膜が張っているようで、それすら憎い。 「やっぱり祈ってるんじゃないの?」「なぜでしょう。私は否定していますのに、なぜイルミ様はそう思われるのでしょう?」「ナマエはいつも何かに祈ってる。食事をするときも、寝るときも、人を殺すときも、そうやって目を瞑って、下を向いて、両手を組んでるよ。それは人が神に祈るポーズだ」 ただ事実を述べたイルミに私は反論することができなかった。だからイルミ様がただ煩わしいと思った。私にそう指摘したイルミ様を憎いと思った。憎い憎い。殺してやりたい。ナイフでなくともこの私のこの両手で、心の臓を抜き取ってしまいたい。元から生気などあってないような少年だ。それを盗まれても平然と動くだろう。 「それでも私は祈ってなどおりません」「そう」 イルミ様は屋敷のほうへ歩いていった。私は安堵し、そしてまたストンと何かが落ちる。落ちて、波紋を広げ、膜をつくる。組んでいる両手をまた握る。強く強く、指先が白くなるほど、爪が肉に食い込むほど、十の血流が流れるまで、私は強く強く、憎しみを持って両手を握る。痛みはないが目を瞑る。真っ暗に染まるほど、眼球が痛いと叫ぶほど。憎い。憎い。憎い。私が憎い。母が憎い。父が憎い。ゾルディック家が憎い。私の人生全てが憎らしい。 ああ、助けてください。どうか私を助けてください。何もかも憎くて仕方がないこの私を助けてください。私の願いをひとつだけ。ひとつだけ叶えてください。もう一度人生をやり直させてはもらえないでしょうか。ああ、イエス。私のメシア。イエス・キリストよ。どうか私の人生をもう一度。 「_____アーメン」「やっぱり祈ってるんじゃないか」 どこかに消えたと思ったのに、まだいたのか。私は心底殺してやりたくなった。目を開け光を享受する。流れた血はすでに渇き初め、酷く不快だった。 「ねえナマエ。T.バンクヘッドを知ってる?」「知っているわ」「その人のある言葉も知ってる?」「…今、とてつもなくあなたを殺したくなった」「昔から殺したいって顔してるくせに。だけど、それでもオレは昔からそんなナマエのことが大好きだよ。そこが大好きなんだ」 そういってイルミ様は私に手を差し伸べた。一緒に帰ろうの意らしい。私はいやいやながらその手を取った。それでもはやり私は憎かった。彼が憎かった。全てが憎かった。 「運命には逆らえないんだよナマエ」 そんな酷いことを平然と言ってのけるイルミ様が憎かった。 「“人生をもう一度やり直せるとしても、同じ間違いをするでしょうね。”」 そうなのでしょう。と私が皮肉交じりにいうとイルミ様は赤い色が渇ききっていない手を強く握った。