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 皆既月食の日といえど、差し迫った戦に臨む為の軍議は白熱して終わる気配が無い。
 夜半に差しかかる前に一時休憩を取ることになり、食事を摂る為に執務室へ向かう陸遜は、中庭に佇む尚香を見つけて驚いた。
 月食は古来より不吉だと語られてきた。軍に携わる者以外は、窓を閉じて部屋に篭っている。
「姫様、部屋へお戻り下さい」
 思わず陸遜が尚香に声をかけると、月から視線を外した尚香が振り返った。
 陸遜の声に含まれた咎めるような響きが不服だったようだ。柳眉を寄せて、陸遜に視線を合わせた。
「どうして?こんなに綺麗じゃない」
「しかし、昔から不吉だと言われています」
「知ってるわ。でも、私はそうは思わないの。あなたもこっちに来て、よく見て」
 陸遜に呼びかけた尚香は、返事を待たずに再び月を見上げた。
 渋々と尚香の隣に立って月食を見上げると、確かに不吉な現象ではなく、神秘的で美しく見えた。
 影に覆われて、赤みを帯びた光を内に宿したかのように光る月からは、目覚めを待つ希望のような気配を感じた。
 幼い頃から不吉だと教えられた光景が、忘れたくないものへと変わっていく。
 それは丁度、目の前で徐々に姿を変えていく月に重なるような心の変化だった。
 月食を美しいと信じる尚香が、隣にいるからかもしれない。
 心の中で独りごちながら、陸遜は尚香の隣で月が光を取り戻すのを待った。


※皆既月食&惑星食を肉眼とLIVE中継で見れて嬉しかったので、記念に書きました。
 今は理屈が分かってるけど、当時の人々はどんな感覚で見てたんでしょうね。
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