様々な種族が入り乱れる多民族国家、シンドリア。
働くお母さんも多いこの国で、今日という日は、特別な意味を持っていた。
「あの、ピスティにシャルルカン、この小包は、一体…」
二人が差し出す小包には、一方は可愛く、一方は素っ気なく「ジャーファルさん、ありがとう」と書かれたカードが乗っていた。
「ジャーファルさんへのプレゼントっすよ」
「ジャーファルさんてば無欲すぎて、何をあげたらいいのかすっごく迷ったんですからね!」
「は、はあ…」
何故急に。戸惑いながらも包み紙を受け取った彼が疑問を口にしようとすると、計ったかの如く大鐘がその鈍い音を響かせた。
「……」
「あ、もう始業じゃねぇか。いくぞ、ピスティ!」
「待ってよシャル!ジャーファルさん、またね!」
「え、あ…」
なんだったんだ、さっきのは。
今だ整理のつかない頭のままで包み紙を見遣る。
「お礼、言い忘れた…」
次会ったときはきちんとお礼を言おう。
今はまだ、そう思うに留めて、ジャーファルは静かに廊下を歩き始めた。
◇◆◇
いつものように書類の山と格闘していると、戸惑いがちに声がかかった。
顔を上げてみると、そこにはスパルトスとヤムライハが所在無さげに立っていた。
「スパルトス、ヤムライハ。どうしたのです、こんなところで」
声を掛けてやると、二人は目を見合わせて苦笑した。
「休憩時間にまで仕事ですか」
「少しは休まねば、体を壊しますよ、ジャーファル殿」
言われて思い出す。少し前からお昼休憩に入ったのだった。
幾分かバツが悪く、この書類が終わったら休憩しますよ、と書きかけの書類を軽く叩いてみせる。
「あ、そうだ。これ、ジャーファルさんに」
そう言ってヤムライハが差し出したのは、可愛らしくラッピングされた小瓶。その中にはなにやら緑色の液体が入れられていた。
「…あの、これは?」
「ヤムライハ特製精力剤です!」
「大丈夫です、ジャーファル殿。見た目ほどの破壊力はありませんから」
明らかに引いているジャーファルに、スパルトスがフォローになっていないフォローにまわる。
それでもキラキラとした瞳のヤムライハに要らないとも言えず、結局は受けとってしまう。
「まあ、あの、いざってときに、使わせていただきますね…」
その“いざってとき”が来ないことを心から祈るが。
「ジャーファル殿、私からはこれを」
スパルトスが差し出したのは、比較的大きな包み。
受けとると、ふわりと軽かった。
「貰い物で申し訳ないのですが、私は着ないので、よろしかったらジャーファル殿に、と」
「──服、ですか?」
「ええ。持っていらっしゃらないと聞いて。要らなかったら構わず捨ててもらって構いません」
「いえ、助かります。ありがとうスパルトス。ヤムライハも」
お礼を言ったものの、何故こうも朝から贈り物が絶えないのか、理由がわからない。
「1つ、聞いてもいいですか?」
「はい。なんですか?」
「何故今日、私にこのような贈り物を?」
朝には、シャルルカンとピスティにも小包をもらったのですが。
付け足すと、二人は困ったように視線をさ迷わせた。
「えっと、あの、これは…ですね…」
「…今日が、そのような日、だからです」
「え?そのような日って、どんな日なんですか?スパルトス」
「ちょっとスパルトス!それは言っちゃダメよ!」
「ヤムライハ、何で言ってはいけないのです」
「な、なんでもありません!スパルトス、戻るわよ」
「あ、ああ…ではジャーファル殿、失礼する」
「ちゃんとお昼ご飯、食べてくださいね!」
「ちょっと、スパルトスにヤムライハ!まだ話は終わっていませんよ!って、ああ…」
全く聞く耳を持たず、二人は仕事部屋から逃げて…否、出ていってしまった。
「全く、何だって言うんですか」
そうこぼしながらも、インクに汚れない場所に置いてあった2つの小包の隣に、先ほどもらったものを大事そうに置くジャーファルだった。
◇◆◇
1日の終わり、珍しく定時で上がれたジャーファルは、自室で今日もらった贈り物を眺めていた。
シャルルカンからもらった包みの中からは、一目見ても高級だとわかるようなインク瓶が。ピスティからは、インク瓶と対になっている羽ペンが入れられていた。
高かっただろうに、と呆れるが、二人が自分のために品物を吟味しているところを想像し、温かな気持ちになる。
ヤムライハからもらった精力剤は、ラッピングもとらずに部屋の棚に。魔法以外はてんで不器用な彼女が、四苦八苦して付けたのだろうリボンを、すぐに解いてしまうのは勿体無いように思えたのだ。
スパルトスがくれた服は、貰い物だと言うが、状態も良く、形も色合いも気に入った。さすがスパルトス。それに、新品よりもそういうお古の方が、気持ち的に楽に着られるものだ。
さて、この素敵な贈り物にはあとでお礼をするとして、今日は一体なんの日なのだろう。“そういう日”ということは、普段から世話になっている人へ贈り物をする日なのだろうか。だが、それならまず最初に自分ではなく王に渡すはず。
悶々と考えていると、ノック音が聞こえ、彼女であるカーラがひょっこりと顔をだした。
「ジャーファル、こんばんは」
「おや、こんばんは、カーラ」
「どうしたの?そんな難しい顔して」
ジャーファルの顔を覗き込んだカーラは、寝台の上に置かれた服を見て、わあっと声を上げた。
「綺麗な服!まさか、ジャーファルが買ったの?」
「いえ、これはスパルトスが…」
信じられない、という表情で振り返ったカーラに、ジャーファルは苦笑した。
あっさりと種を明かすと、なーんだと拍子抜けした顔になる。
「あっ、この羽ペンとインク瓶は?」
「それはシャルルカンとピスティからです。あれはヤムライハから。特製の精力剤だそうです」
質問される前に、とヤムライハからの贈り物を示すと、ふんふんと見ていたカーラがようやく顔をあげ、にっこりと笑った。
「モテモテだねえ、ジャーファル」
「茶化さないの。…でも、なぜ今日に限って皆さん贈り物をくれるのでしょうか?」
「そりゃ、今日が母の日だからでしょ」
なんでもないようにカーラは告げたが、ジャーファルは耳を疑った。
恐る恐る、聞こえた単語を繰り返してみる。
「…母の日?」
「あれ、ジャーファル知らなかったの?今日は母の日だよ。私もお母さんに紅を買って持っていったし」
親思いの娘ですね、なんてずれた感想を持ちつつ、口を開く。
「今日は、母の日だから、皆は私に贈り物をしたと?」
「まあ、そうなるね」
「…私、男ですけど」
その一言に、カーラは吹き出した。
「ちょっとカーラ。なんで笑うんですか」
「いや、うん…突っ込むところそこなんだ、って思って」
「もちろん、あの子たちの母親でもありません」
「わかってるって。拗ねないで」
未だクスクス肩を震わせるカーラに背を向けると、カーラは後ろからジャーファルを抱き締めた。
「今日は、一般的には母の日だけど、シンドリアではちょっと違うんだよ」
「違う?」
「シンドリアには、お母さんがいない人も多いでしょ?だから、いつもお世話になっている人にお礼をするの」
それは先ほどたてた仮説と同じだ。
「ですが、そうなれば私ではなくシンにするでしょう」
「国王じゃ、お母さんっていうよりお父さんって感じでしょ。ピスティ様たちは、父の日にでもジャーファルにしたように贈り物をするんじゃないかな?」
なるほど。納得はできる。だが…
「私は“お母さん”なんですか」
「え?あ、まあ…そうなる、ね」
理不尽だ。と訳もわからない気持ちが渦巻くが、それも最初だけ。
後に残るのは、どこかくすぐったい幸せな気持ちだけだった。