ある日の鍛練後、白龍の付き人であるカーラは、白龍と二人で優雅にお茶と洒落込んでいたのだが。
「うわああああ!?」
突如響いた悲鳴を無視することもできず、白龍とカーラは顔を見合せため息をついた。
「おいカーラ。お前の夫が断末魔の悲鳴をあげてるぞ」
「夫じゃありませんし、断末魔の悲鳴でもありませんから」
「行ってやらないのか?」
「ええ。お茶のが大事ですし、毎度のことなので」
悲鳴の主はカーラの婚約者、青舜のものである。
十中八九、虫と遭遇したのだろう。
「まったく…姉上の従者が聞いてあきれる」
「まあ、可愛いからよくないですか?」
「そういう問題ではないだろう」
穏やかに談笑している間にも、絶えず悲鳴は響いてくる。
「そろそろ行ってやれ。うるさいし、他の者にも迷惑だ」
「えー。まだお茶が残ってますし…」
「命令だ。行け」
「…はーい」
渋々お茶を片そうと席を立つと、「それは俺がやっとく。はやくあのバカ止めてこい」とのお声が。
お言葉に甘えて声のするほうに向かう。
はあ、なんで私が。
普通に考えれば私が守ってもらう側だよな?
だが、生憎とカーラはなんでも大丈夫なほうだし、苦手なのはカマキリとバッタ、あとは可愛いものぐらいか。
逆に青舜はカーラよりも背が低く、なおかつ虫が苦手という乙女的要素をかねそろえてしまっている。
…なんか、理不尽。
じんわりと浮かんできた涙をごしごしと拭いていると、手の隙間から逃げ惑う空色が見えた。
青舜だ。
黒い蛾に追いかけられているようだが、本当に武人なのかな、あの子。
青舜の将来が心配なカーラだ。
「青舜、大丈夫?」
「カーラ!」
声を掛ければ助かったと言わんばかりに輝く空色の瞳。
苦笑しながらも近より、ひょいひょいと手をふれば蛾はすぐに逃げていく。
いつの間にかカーラの背中に隠れていた青舜は、恐る恐る顔を出し安心したように息をついた。
こういうところが庇護欲を掻き立てるというか、母性本能を擽るというか…。
未だカーラの背中に隠れている青舜の髪を撫でながら和んでいると、不意に青舜の肩が跳ねた。
「青舜?どうかした?」
不思議に思って聞いてみると、青舜はまっすぐ前を指差して一言、「カーラ、あれ…」と呟いた。
「あれ?」
振り返ってすぐ目に飛び込んできたのは、葉の上に鎮座しているカマキリ。
「……っ!!」
カーラは一瞬にしてフリーズ。何もできずにただカマキリを見つめる。
そんなカーラに追い討ちをかけるかのように飛び出してきたのは、まさかのバッタ。
「キャア!?」
思わず声を上げ、カーラは青舜にしがみつく。
青舜は青舜で、カーラを守りたいという純粋な気持ちと、虫嫌い虫怖いという本能的な嫌悪の板挟みになっていた。
「だ、大丈夫だよ、多分…」
「多分じゃダメだよ!こっち来てない!?」
半パニック状態に陥っている婚約者の姿に心を決めた青舜が、カーラを庇い前に出た瞬間、大きな音を立てて近くの枝が落ちた。
「キャアー!!」
「お、落ち着いて、カーラ。虫じゃない、皇子だよ」
「…え?」
バサバサと凄まじい音に驚いたのか、カーラは悲鳴を上げカマキリたちは逃げていく。
「お前たち夫婦は…」
呆れたようにため息をつくのは、愛用の槍を肩にのせた白龍だった。
「は、白龍様!?」
「皇子、ありがとうございます」
驚くカーラと早くも冷静にお礼を言う青舜。
二人を見てまたもや白龍はため息をついた。
「この、アホ夫婦」
「…まだ夫婦じゃありません」
取り合えず言い返したカーラだったが、
「似た者夫婦と言うではないか。お似合いだ」
ここまで言われたらなにも言い返せない。
「三人とも、ご飯ですよ」
「あ、白瑛様」
「聞いてください、姉上。さっき青舜が…」
「わああああ!なんでもありません姫様!!こんなのほっといて行きましょう!」
騒がしい一日が、幕を閉じる。