キラキラキラキラ。
小さな世界はどこもかしこも輝いていて、まるで汚れなど知らぬよう。


「……カーラ?」


何をしているのですか?

訝しげな声に顔を上げると、不思議そうな顔をしたジャーファルさんと目があった。


「こんにちは、ジャーファルさん」

「こんにちは」


二人ともぺこりとお辞儀をして、彼は少し迷ったように立ち止まってから、ゆっくりと私が座っている腰掛けに座った。二人の距離は近すぎず離れすぎず、微妙な距離。


「お仕事は?」

「一区切り着いたので、休憩ですよ」

「珍しいですね」

「もう少し進めたかった仕事があったのですが、部下に追い出されてしまって」

「そうだったんですか」


元々口下手のきらいはあった。だから話が続かない。こんな私と居ても楽しくもないだろうと思うのだが、ジャーファルさんはいつもニコニコ笑顔で。


「それで、その筒のようなものはなんですか?」


こうして、話を振ってくれる。なんて優しいのか。


「これは、万華鏡です」

「まんげきょう……確か、東の方の遊び道具、でしたよね?」

「はい。私の故郷のものです」

「そうなのですか。それはそれは」


大事にしなくてはいけませんね。

ジャーファルさんの笑顔は、たくさんの笑顔だ。万華鏡のようにくるくると、どれも綺麗な笑顔。


「……あの、カーラさん?」


遠慮がちに声をかけられて、肩が跳ねた。いつの間にか見とれていたらしい。そんなに見られては穴があいてしまいますよ、と可笑しそうに声をかけられた。


「すみません……あ、ジャーファルさんも万華鏡、見ます?」


手持ち無沙汰に意味もなく握り締めていたそれを彼に渡す。するとやはり、ジャーファルさんは先ほどの笑顔とどこか違う笑顔を浮かべた。


「いいんですか? では、お言葉に甘えて」


ジャーファルさんは渡された万華鏡を持って少し悩み、瞳を近づけた。
―――だが。


「ジャーファルさん、逆です」

「え!? あ、逆でしたか……!」


その焦り方が面白くて、思わず笑ってしまう。真っ赤になって小さくなりながら、今度は反対側に目を近づけ凝らすが……。


「えっと……うまく、見えません……」


それもそのはず、万華鏡は光を取り込まなければ見えない。ジャーファルさんは光を取り込むその場所に手を置き、瞬きを繰り返している。
見た目はきちんとした成人なのに、童顔もあってかこういう動作の一つ一つが可愛らしく感じてしまう。


「ふふ、」

「わ、笑わないでくださいよ!」

「すみません、つい……」


むぅと拗ねるその言動も可愛い。
私は正しい使い方を教えようとして、彼に体を近づけた。

微妙に空いていた距離が一気になくなる。


「……!」

「支えるのは筒のところだから、ここではなくこっちに手を置いて……あれ、ジャーファルさん?」

「は、はい! ありがとう、ございます……」


声をかけると俯きがちに礼を言われた。あの万華鏡のようにキラキラとしている笑顔が見れないのが、少し寂しかった。


「これで、ここから覗いてみてください」


準備が出来た。
彼が恐る恐る覗き込み、ほう、と息をついた。


「これは……」


なんて美しいのでしょう。

小さな欠片と鏡が作り出す世界に見とれるジャーファルさん。その横顔を眺めて、心が満たされていく気がした。


「ジャーファルさんジャーファルさん」

「カーラさん、これはとても素敵ですね……」

「ふふ、気に入ってもらって良かったです。じゃあ、今度はそれを回してみてください」

「回す?」

「目を離さないで、ゆっくりと」


慎重に筒を回して、今度はおお!っと驚嘆の声。


「まるで踊っているようです……!」

「良かったですねぇ」


子供のような反応に咄嗟にそんな言葉が出てしまった。ハッとして口を抑えるが、彼は嬉しそうに良かったです! と答えてくれた。

溢れ出る愛しさが、益々止まらない。




「ありがとうございました、カーラさん。とても綺麗で、ついつい魅入ってしまいました」

「いえ、楽しんでいただけたようで良かったです」


恥ずかしそうに目を伏せていて、でもその表情はとてもワクワクとしていた。


「それにしても、その万華鏡は本当に素晴らしい!」


興奮した声に返事をしようとして、彼のそばかすが散った顔が存外近くにあって動きが止まる。ジャーファルさんも驚いた顔をして、顔を真っ赤にさせた。


「っ、い、今、今退きますね!」

「あ、いや……」


火を吹きそうな顔を下に向けて移動しようとすると、手をグッと掴まれた。顔を上げると真っ赤な彼。


「もう少し、このままで……」


そんな事をそんな声で言われたら、嫌だなんて言えない。恥ずかしくて嬉しくてでも恥ずかしくて、もうどうにでもなれと掴まれた手を小さく握り返した。彼が顔を上げた気がしてそちらを向くと、目が合う。


「……」

「……」

「カーラさん……」

「…………はい」


名前を呼ばれて、返事をして、目を閉じる。

繋がれた手はそのままに、反対の手がぎこちなく肩に触れて、近寄る気配。


瞼の向こう、光の中には、きっとキラキラと輝くあの笑顔が待っているのだろう。


2015/06/19 フリーワンライ
万華鏡

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