ジャーファルさんには、秘密がいっぱいある。
王の一番の腹心の部下だからとか、政務官であるからだとか、そういうたくさんの紐でがんじがらめにされて。誰にも言えない、弱音さえ吐けないほどに。誰に言われるでもなくその紐をキツく引っ張っているのは、当の本人なのだけど。
ゴソゴソと、布が擦れる音がする。
薄く目を開けてみれば、背を向けて着替える彼の姿が。
「ジャーファルさん」
行かないで。
続くはずの言葉を飲み込む。振り向いた彼は目を細めて微笑んだ。
ジャーファルさんには、秘密がいっぱいある。いろんな顔も、いっぱいある。多分。
例えあたしがその中のほんの一部しか知らないとしても、この笑顔をみると、ああ、愛されてるなと感じてしまう。自惚れてもいい。私は愛されてる。
「すみません、起こしましたか?」
あたしの頭を撫でるジャーファルさんに、手を伸ばして抱き付く。
驚きながらも、クスクスと笑いながら抱きとめてくれた。
「どうしました、カーラ?」
「どーもしてないです」
「そう?君がこうして抱きついてくるなんて、そうそうありませんから」
怖い夢でも見た?そう耳元で囁かれて、むき出しの肩がブルリと震える。
「怖い夢なんて、みてません」
そんな夢をみるのは、あなたが出て行ったあとのこと。確かにあったはずのもう一人の体温を求めて、一人ぼっちでシーツを胸に眠りに落ちるときだけだ。
「そう」
「はい」
「じゃあ、私はもう行くね」
ゆっくりと再度頭を撫でられて、大きな手で背中を擦られて、静かに身体を離されて。
風邪を引くといけないから、きちんと服を着るんですよ、なんて、お母さんみたいな言葉をかけられた。
「カーラ、聞いてますか?」
「……聞いてます」
「早めに服を着なさいね」
「……」
「カーラ?」
心配そうな声が降ってくる。私がまだ寝ぼけていると思ったのだろう、仕方ないなぁというため息が落ちてきて、バサリと布をかけられた。
「……?」
「もう時間がないから行くけど、きちんと服を着ること。もしそれも辛いようならそれをかけるだけでもいいから。返事は?」
「…はい」
「よし。じゃあね、カーラ。おやすみ。いい夢を」
あたしのおでこにキスを一つ。そのまま振り返りもせずに歩き出すジャーファルさん。震える手を伸ばしたら、彼の服の裾を指先がかすっただけで、引き止めることなどできなかった。
唇を噛みしめる。さっきまでイヤというほど触れ合っていたその皮が破け、血が滲んだ。
「ジャーファルさん!」
開いた扉の向こうに消えようとしていた、綺麗な銀髪が振り返る。
「いってらっしゃい!お気をつけて!」
ひとりにしないでください。行かないで。
血のついた唇は本心を決して吐き出さない。
だって、そのほうがいいからだ。ほら、目を細めて笑ってくれる。ありがとうって、微笑んでくれる。
ああ、やっぱり愛されてる。嬉しいな。
でも。
あたしの『愛してる』は、あなたに伝わっているのだろうか。あたしだって、負けないくらい愛している。
……何をどう感じて、どう考えて、何を思ってるのか。知りたいよ、ジャーファルさん。
好きな人の事ならなんでも知りたい。でも、それは許されない。
だから今日も、一人ぼっちで眠るのだ。悪夢に魘され目を開けた時、隣に彼が居ることだけを願って。
目を細めて笑ってくれたら、あたしからキスをしてあげようか。自分などどうでもいい、そう過小評価し過ぎる彼に、あなたは愛されているのだと知らせるために。
あたしはいつでも待っているのだと、そう伝えるために。