冷たい風に素肌を晒し、空を見上げる。
「月が、欠けてる―――」
重く立ち込めた雲と雲の隙間から、その月は顔を出していた。
まあるく、完璧とも言える立派な満月なのに、私の目にはどうしても、小さく欠けているように映った。
何故だろう。こんなにも自信満々で、光り輝いているというのに。どこか物足りなさそうに、拗ねているように見える。
「―――今日は、来ないのかな」
彼の匂いを、彼の色を、彼の体温を、完璧に覚えてしまった自分の体は、最早彼しかいらない体になってしまった。
彼じゃないとダメなのだ。彼しかいないのだ。
ああ、早く会いたい。
「ああ、今日の月は綺麗だな」
ふいに届いたその声に、心臓が一瞬止まった。
ゆっくりと振り返る。そこには案の定、彼の姿が。
彼―――シンドバッドが、いつもの顔で微笑む。
「こんばんは、カーラ。寒くないかい?」
「…久しぶりね、シンドバッド様。随分とご無沙汰だったから、寂しかったわ」
ゆっくりと近づいて、恐る恐る手を伸ばす。鼻をくすぐるこの匂いは、間違えない。シンドバッドだ。
「俺のこと、待っててくれたのかい?それは光栄だな」
「当たり前よ。だってあなたは、私の大切な人だもの」
ああ、戻ってきた。私の元に、シンドバッドが。
彼の腕に手を回し、頭を傾ける。シンドバッドの肩に寄りかかるようにして。
「大好きよ、シンドバッド……」
「……」
部屋に入ろう、そう促すために視線を上げると、金の瞳と目が合った。そう言えばあの月も、この瞳と同じ色をしていたのを思い出す。
「…それは、俺が、か?それとも、俺の体が?」
金の瞳が、悲しそうに細まる。それでもその奥には、到底壊せそうにない、自信の塊があった。
黄色く光り輝いて、満月のように自信たっぷりで。
ああ、無性に―――
壊してやりたい。
「…さあ、どうでしょう。シンドバッド、あなたはどう思う?」
組んでいた腕を外し、くるりと彼の前に出る。
面白い。歪んだ口の端が、そう言っているような気がした。
「さあな。まあいいさ、行こう」
今度は彼から腕を組んできて、2人足幅を揃えて歩き出す。
満月なのに欠けている月へ視線をやってから、振り払うように髪の毛をすくった。
まるで勝ち誇るようにして、ヒールを1つ高く鳴らした。