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ギンギラギンに太陽が照りつけるシンドリア。

主に任された書類を手に早足で歩いていたムエナは、おもむろに足を止め木陰を振り返った。

そこには、座り込んでいる男の子が一人。

王宮に子供は意外に多い。
王曰く"シンドリアは客人だらけ"だそうだから、その客人の家族や連れ、客人自身が子供だということも珍しくない。


「なにかお困りですか?」


ムエナが後ろから声をかけたにも関わらず、男の子は驚いた様子もなく振り返った。


「あの…迷子になってしまって。先生のところに行きたいんです」

「先生って、お医者さん?」

「はい!先生はすごいんですよ!いろいろな薬草だって知ってるし、今日だって…」


嬉しそうに話していた少年の目が、急激に輝きを失っていく。


「今日だって、俺が迷子なんかにならなければ先生は薬の開発ができてたはずなのに…」


ぐすん、と鼻を鳴らす少年。
こんなにも健気な少年がいたとは。世の中まだまだ捨てたもんじゃない。


「いい子だねえ…」

「俺はいい子じゃありません」

「いい子だよ、うん。名前は?」

「…ユウ、です」

「ユウ君か。いい名前だね」

「先生につけてもらったんですよ!」


先生とやらの話をするときのユウ君は、すごくいきいきしている。
まるで、シン王様の話をするときの八人将のみんなみたいに。


「じゃあ、一緒に医務室に行こうか。医務官…お医者さんなら大抵そこにいるだろうし」

「でも…」


ユウ君は申し訳なさそうに、ムエナの腕のなかを見た。


「さっき廊下を急いで歩いていたようですし、急ぎの用なのでしょう?」


はて、とムエナは首を傾げた。
確かに急ぎ足で歩いてはいたが、ユウ君はこちらに背を向けていたはずだ。
ならば何故?
考える素振りを見せたムエナだが、すぐに考えることを放棄し顔をあげた。


「確かに主には急ぎだって言われてたけど、ユウ君の先生を探すほうがよっぽど急ぎだから大丈夫」

「…いいんですか?」

「もちろん!」


中身が『政務官に見つからずにどうやって王宮を抜け出すか』という題のシン王様宛の書類とユウ君ならば、絶対にユウ君のほうが大事だ。
その政務官がこの書類を見つけたら、それこそでかいツノが七本生えて口から火を吹くかのように怒り狂うだろう。一国の王とその国の重鎮が考える内容ではないことは確かだ。
優秀な侍女であるムエナは、この内容を言い付けるなんてことは決してしないが(多分)。


「じゃあ行こうか、ユウ君」

「はい」


先頭を立って歩き出したはいいが、肝心のユウ君が数歩進んですぐに止まってしまった。
不思議に思ってその視線の先を追うと、近くの木々にぶつかった。


「ユウ君、どうしたの?」

「…先生だ」


ポツリと呟いたユウ君の言葉をムエナの耳が拾った、その瞬間。
先程じぃっとユウ君が見つめていた木々の間から、突如として人影が飛び出てきた。


「…!ユウ!」


その人影は女性で、ユウ君を見つけるとすぐさま抱き締めた。

え、この方が“先生”?

驚いているムエナをよそに、目の前の女性はユウ君の体をくまなくチェックしている。


「大丈夫かい、ユウ。怪我してない?シンドリアの森には毒をもった植物とかもあるから」

「大丈夫です。怪我はありません。先生、遅れて申し訳ありませんでした」

「ユウが無事ならそんなことはどうでもいい。それより、本当に大丈夫なんだね?どこも痛いところはない?気持ち悪いとかも?」

「はい。迷子になっただけですから」


呆然と二人の様子を眺めていたムエナだったが、その様子に、どこかデジャブを感じていた。
この、どこまでもゴーイングマイウェイで、自分より人、周り関係なし!な感じ、どこかで見たような…
頭を捻っていると、ユウ君がこちらを向いた。


「先生、この人が俺を医務室に案内してくれようとしてくれたんです」

「医務室!?やっぱりどこか怪我でも…」

「違います!先生は医者だから、医務室にいるんじゃないかって。と言うか医務室に行かなくても先生がいれば何とかなるでしょう」

「そうだけど…」


少し赤みのある黒い髪に、茶色の目。
容姿は似ているが、醸し出す雰囲気が全く違う。
やっぱり、あれは私の勘違いだったのかな?


「僕の大事なユウがお世話になったみたいで。ありがとう」

「いえ、これも私の仕事ですので、お気になさらず」


事務的な口上を並べる。
待ち人に会えて良かった。


「ユウ君、今度は迷子にならないようにね」

「大丈夫です。もう迷いません!」


元気よく返事をしたユウ君の頭に手を置いて、軽く撫でる。


「では、私はこれで。失礼いたします」


頭を下げてシン王様のもとへ向かおうとすると、女性の声が追いかけてきた。


「あっ!君、名前は?」

「名前、ですか?」

「なんか、知り合いに似てる気がしてね」


向こうもそう感じていたことに驚いた。


「私、侍女のムエナと申します」

「ムエナ…やっぱり、ムエナちゃんか!」


やっぱり?


「僕のこと覚えてない?医大生なんだけど」


『僕は医者じゃなくて医大生なんだけど』


今よりもそっけない言葉がそこに重なる。


「も、しかして…セカイさん!?」

「当たり」


そう言って、セカイさんは向日葵のように笑った。


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