そして私は旅に出る!番外編
春だから、と油断していた。
旅の途中で寄った宿舎には、残念なことに風呂が無かった。いい加減入りたかった私は、散々駄々を捏ねた挙句、ジャーファルをお供に風呂屋へ行くことになったのだが。
考えなしで外に飛び出して約数分、心の底からこう思った。
薄着で夜道を歩くと、とても寒い。
「うぅ……さむい」
「だから上に一枚羽織れと言ったでしょうに。風邪、引かないでくださいよ?」
「ジャーファルさん、もうすでに風邪引いたかも」
「ああもう馬鹿って本当に……」
「ひどくない!?」
いやまあ言うこと聞かなかった私が悪いんだけどね!そこまで深い溜息つかなくても良くないかい!?
「あ、でも馬鹿って風邪引かないんでしたっけ。じゃあただのアホか……」
「ジャーファルくーん?そんなこと言ったらダメだと思いまーす。イジメ反対!」
「私はただ事実を言ったまでです」
ああ、この男、本当に冷たい………
夜風よりも冷たいんじゃないか、全く。
「ほら、着なさい」
「うん?」
唐突に差し出されたのは、ジャーファルが羽織っていたマントのようなもの。あまりにも突然なことに、私の思考は一瞬にして止まった。
「へ?あ、あのジャーファルが、デレ……ブワッ!」
「貴女に風邪を引かれたら迷惑なだけです。いいから黙って着てなさい」
思い切りマントを顔に叩きつけられた。……女にするか?普通。
「っていうか、ジャーファルの手暖かい!」
バッとジャーファルの手を掴む。なんでコイツの手が暖かいんだ。
「そっか!手が暖かい人は心が冷たいんだ!」
「なにかいいましたか?」
「い、いいえなにも」
暗黒微笑に震え上がる。反射的に離そうとした手を、今度はジャーファルが掴んだ。ああ、そのまま反対方向に指を折り曲げようとしてるんじゃないよな……?
「お望み通りにして差し上げましょうか?」
「いいえ結構です!というか、私の心を読むな!」
「全て口に出てましたから」
「うわあ」
やってしまったか……ハズカシイ。
……………っていうか、いい加減離してくれないかな、手。
「ねえジャーファル、指折る目的以外で私の手を未だ掴んでる理由は?」
「今から指折ろうかなって」
「ヤメテ!!!」
こ、殺される………!
「半分冗談ですよ、半分ね」
半分本気かよ!!
「やだ何この子こわい」
「ただ、指が冷たいなって思いまして」
「私の心はあったかいからね」
「私の心は暖かくないと?」
「太陽みたいにあったかいよ!!」
だからその黒笑を向けるな!凍えるから!
「うー、本当に寒い……」
「そんなに寒いなら、手、繋いだままにしますか?」
「へ?」
間抜けな声が出たのも無理はない。だって、あのジャーファルが……
「ねえジャーファルくんもしかして君ツンデ……」
「今すぐ黙らないとそこにある噴水に投げ入れますよ」
「……ちなみに、なにを?」
「現在進行形で手を繋いでる君をです」
その笑顔、眩しいほどに清々しいのに、真っ黒なオーラ全開ですよ。
「黙ってまーす……」
「よろしい」
しばらく無言で道を歩く。つまんなくなって手をブンブンと振り回したら、子供ですかと突っ込まれた。
「ねえジャーファル」
「なんですか?」
「暖かいねえ」
空気が冷たい。夜風も冷たい。
でも、けっこう暖かい。
クスリと、ジャーファルが笑った。今日は機嫌がいいらしい。
「それはよかった」
冷たい指は、そろそろあたたかくなっていた。
束の間のお散歩
(たまにはこういう日も悪くない)