「アムテマル、か…」


聞いたことがあるような、ないような。そう首を傾げる主に、ジャーファルは頷いた。


「我が国の書庫に一冊だけ、アムテマルについて書かれた本がありました」


『奇病』という題の本の中の、アムテマルについて書かれたページを開き、シンドバッドに渡す。
シンドバッドは渡されたそれを読みながら、チラリとジャーファルに視線を寄越した。


「アムテマルなんて病名、お前よく知ってたな」

「…昔の仲間に同じ病の者がいたんです」


昔の仲間とは、シャム=ラシュ郷の暗殺集団の一員を指す。ジャーファルが筆頭であったから、仲間というよりは部下というほうが正解だが。


「特化させた牙で標的を襲うのが彼の戦闘スタイルでした。年は私とさほど変わらなかったでしょうか…。人を殺すのは好きではないと言いながらも、中々の強さでしたよ」


暗殺者には珍しく、底抜けに明るかった。周りの奴等にちょっかいをだしては逃げて、捕まると殺されかけて…それでも、いつも笑顔だった。任務の時以外は。


「ジャーファルは彼と仲が良かったのか?」

「良かったとは言えませんが…彼は、いつも私の隣にいました。まるでそこが自分の定位置だと言うように」

「そうか」

「まあ、彼も亡くなったのですけどね」


任務に失敗したのではない。ちょっかいを出しすぎて、周りの奴等に殺されたのでもない。突然、燃え尽きた灰のように、真っ白になってしまったのだ。


「ある朝、目をさまして隣をみると、灰色の狼が丸くなってたんです。彼が狼に変化するのは知っていました。しかし、変化する狼の毛並みは黒でした。おかしいと思って手を伸ばしたら──」

「ジャーファル」

「砂の城のように、崩れたんです。彼の体が」


風に吹かれて、彼だったはずの細かい粉が散っていくところを、ジャーファルはすぐ隣で茫然と見ていた。何が起こったのかわからなくて、彼が身につけていた衣服を手にしてからようやく、アイツは死んだんだと理解した。


「さすがの私も驚きました。骨でさえも無くなってしまったのですから」

「ジャーファル、お前…泣いているのか」


唐突に口にしたシンドバッドの言葉に、ジャーファルは間抜けな顔を返した。
そんなジャーファルなどお構い無しに、シンドバッドはジャーファルの頭に手を置いた。


「そうか。よっぽど彼のことが好きだったんだな」

「何を…」


口を開いた瞬間、雫が一つ、頬を伝った。それを皮切りに、次々と雫が溢れ落ちる。


「…っ!?」

「悲しかったのか?悔しかったのか?どうせ、その時は泣けなかったんだろ。だったら今、思いきり泣きなさい」


落ち着いたシンドバッドの声。ジャーファルは訳がわからず取り乱してしまう。


「アイツなんか…好きな訳ないでしょう!」

「はいはい、わかったわかった」

「〜〜〜〜〜〜っ!シン!!」


自分の言い分など全く聞いてくれないシンドバッドに、ジャーファルは頭を撫でられながら噛みついた。


「そもそも!アイツは男です!!」

「だから嫌いなのか?友達だったのだろう?」

「トモ…ダ、チ?」


さっきの勢いはどこへやら。器用に涙を流しながら目が点になるジャーファルを見て、シンドバッドは大きく頷いた。


「そうだ。お前と彼は友達だったんだ。だから、彼が亡くなって悲しい。そうだろ?」

「…でも、あの時は全然悲しくなんかなかったし」

「悲しいという感情を知らなかっただけだ。今悲しいのだろう?だから泣いている」

「それ、は…」


私とアイツは、友達だったのか?
友達だったから、アイツはいつも私の側にいて、私はアイツが周りの奴等に殺されかけると、決まって助けに行っていたのか?


「一つ大人になれたぞ。良かったなぁジャーファル」

「子供扱いすんなバカシン!」

「ぐぉ!?…本気で殴るなよ…」


お、王様の腹が…死ぬ…
そんなことを言いながらも、シンドバッドはジャーファルが泣き止むまで頭を撫でていてくれた。



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