青に焦がれる
シンドリアの空は青く、広い。
まるで、終わりなどないと錯覚してしまうほど。
「空はどこまでも繋がっている」
ポツリと呟いて、少女は窓枠に足をかけた。
そして、果てしなく青い空に何かを求め──…飛んだ。
「──っ!!このバカ娘がっっ!!」
少女の体が宙に浮いた瞬間、どこからともなく表れた赤い紐がぐるぐると体に巻き付き、有無も言わさず引き戻された。
「飛び降り自殺をするなって何回言えばわかるんです!?」
鬼の形相の政務官によって。
「…別に、自殺しようとしてたわけじゃ」
「よくそんな下手な言い訳が出来ますね。窓から飛び出したのは今回で何回目?」
「…三回目」
「いいえ、四回目です」
引き戻す際の衝撃から少女を守ろうと、抱き抱えた格好のまま説教を始めた彼の額には、青筋が浮かんでいる。
「今回は私がいたからいい。前回や前々回は偶然その場にいたマスルールやピスティが助けてくれました。ですが、毎回誰かいるとは限らないのですよ!?わかっているのですか!?」
「うん」
「うん、じゃありません。こっちの身にもなってくださいよ。心臓がいくつあっても足りやしない」
「ごめんね、ジャーファル」
「謝るのだったら二度としないと言ってください。エミリ」
「…ごめんなさい」
謝るだけのエミリに痺れを切らしたのか、ジャーファルが舌打ちをした。
「自殺じゃないなら、なぜこんなことをするのです?」
その問いかけに対し、エミリはゆっくりと窓の外を見やった。
「空は、大きいでしょ?」
「…?まあ、そうですね」
「大きくて、どこまでも繋がっている。だから、全部知ってるんだよ」
「……」
まるで恋をするように、空を見上げるエミリ。立ち上がり、再び窓に近づこうとするエミリを、ジャーファルは慌てて腕の中に閉じ込める。
「私がここにいることも、…あの子が今何をしているのかも」
ズキンと胸の奥が痛み、ジャーファルは顔をしかめた。
「また、エミリの弟の話ですか」
「あの子は男の子のくせに虫も嫌いで、ちょっと頼りなかったから、心配だなぁ」
エミリはジャーファルの腕の中で、空に向かって手を伸ばす。
「あの子の髪も、この空みたいにきれいな青色だった。私たちは双子のくせに、髪の色だけはちがってて…」
夕焼けのようなオレンジの髪を持つエミリと、この空のように突き抜けるような青色の髪を持つエミリの弟。
相対する双子は、その違いさ故に長く共にいられたが、共にいた時間が長い分、こうしてエミリは苦しめられる。
「どうして…一緒に居られなかったんだろう」
その答えを、ジャーファルは持っていない。
「どうして…一つになれなかったんだろう」
「エミリ…」
「一つに生まれてこれたなら、こんな悲しい思い、しなくてすんだのに」
空を見上げたままそう呟くエミリを、ジャーファルはただ抱き締め続けた。
ふわふわな髪に顔を埋め、懇願する。
「そんなこと…言わないでください」
ピクリと、細い肩が微かに動く。
「私はエミリに会えてよかった。エミリは、そうは思わないの?」
「…思う。ジャーファルに、会えてよかった」
エミリがぎこちなく擦りよってきて、安堵の息を吐く。
「私はエミリの髪、好きだな。きれいな色」
「ありがとう。王様も、そう言ってくれた」
嬉しそうな声をあげて、エミリは微笑む。
「ジャーファル、ありがとう。私、ジャーファルの事大好き」
そう言って、恥ずかしそうに笑う姿が、ジャーファルにはとても愛しい。
「愛しています、エミリ」
そう言って、頬に触れるだけのキスを落として、ぎゅうっと抱きしめる。
幸せそうな笑い声が弾けた。
これが、彼らの日常。
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