女とケーキとパパゴラス


朝食のピークも過ぎ、どこかゆっくりとした時間が流れる厨房。それを象徴するかのように、中にいる料理人もまた、思い思いの時間を過ごしていた。

「ケーキの作り方を教えてください」

この言葉を聞くまでは。
否、正しくは、パパゴラス鳥を片手にぶら下げた、赤毛の少女からこの言葉を聞くまでは。


鳥もってケーキを作ると息巻いている赤毛のモルジアナちゃんをなんとか宥め、ケーキから丸焼きに変更してもらい、厨房を破壊されながらもなんとか出来上がったパパゴラス鳥の丸焼き。出来立てホヤホヤのソレを大事そうに持っていくモルジアナちゃんを見送ったあとにはもう、気力も体力も精神力もなにもかも失っていた。

なんとか立ち直り辺りを見渡して呆然とした。
ここまで出来るのに軽く4時間はかかっている。
そんな中で、残されたのがこの、破壊された厨房だなんて。

先輩方は仕事があるからと戦線離脱。早々に予備の厨房へと逃げていったきり、帰ってくる気配もない。

この後片付けを誰がやれと?

諦めたそのとき、先輩方の
『あーエミリ、あとはよろしくなー』
という、無責任な声が聞こえた気がした。


厨房の後片付けをし、損壊の激しい箇所をリストに纏めてそれを提出しようと外に出て、目眩を感じた。

な・ぜ!!

なぜ空はこんなにも暗く、星が煌めいているのだろうか。
そして、なぜこんなに時間がたったのに誰も助けに来てくれない、あのポンコツ先輩方め。

全てを諦めたような顔をしながらとぼとぼと廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。

「エミリ?」

バッと振り替えると、そこには探し求めた人物が。

「ジャーファル様!!」

天は我に味方した!とばかりに駆け寄る私に、ジャーファル様は驚きながらも優しく向かえてくれた。

「どうしたんですか、エミリ」
「ちょっと、見てもらいたいものがありまして」

リストを渡すと、難しい顔をして黙り込んでしまった。

そんなジャーファル様の隣で、私はひとり、小さな幸せを噛み締めていた。
ジャーファル様が、名前を覚えててくださった。

「なぜ、こんなに破壊されているのですか?」
「え?」

呆けていたからか、反応が遅れてしまい、ああそれはですね、と慌てて説明しはじめた。が、

「これは、モルジアナちゃんという赤毛の女の子が…」
「やっぱり…」

私の説明はジャーファル様によって遮られた。

「スミマセン」
「え…え!?」

なぜ謝られなければいけない?なぜ急に?
突然過ぎて脳が混乱している。

そんな私を前に、ジャーファル様は苦笑して後ろの中庭を振り返った。

「モルジアナがいろいろとやらかしてしまったようで…」

そこにいたのは、モルジアナちゃんとあと2人。黄色い髪の毛と青い髪の毛の男の子。星でも見ているのだろう、仲良く3人で寄り添っている。

「あの2人を喜ばせようとやったことです。多目に見てやってください」
「それは、もちろんです」

しばらく2人で子供たちを眺めていたが、ふと、モルジアナちゃんの最初の言葉が蘇った。

「それにしても、鳥もってケーキ作りたいだなんて言われたときには、もう…」

堪えきれずに笑っていると、ジャーファル様は罰が悪そうに言った。

「…それ、私が教えたんです」
「パパゴラス鳥のケーキをですか!?」
「違います!!」

間髪入れずに突っ込んだジャーファル様は、恥ずかしそうにうつ向いた。

「大切な人に貰って嬉しいものは、私ならケーキですって」

ケーキ。それはよく私が作りすぎたという口実で差し入れするものだ。

「やっと、わかりましたか?」
「あ…」

するりと頬を撫でられる。ジャーファル様の指はひんやりと冷たくて、気持ちが良かった。

「好きです、エミリ」

もう一度。

「好きですよ、エミリ」

もう一回。

「愛してます、エミリ」

ああもう。
私の作ったケーキは、こんなに甘くなかったはずだけど。

そう言いながらも、最後にチョコレートをかけるのは私だ。

「私も、好きです。ジャーファル様」

大好きです。
甘い言葉は、ジャーファル様の唇に吸い込まれていった。

甘い甘い、夢をあなたに。



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