蜜月[1/2]
オレの携帯が水没したのはおよそ3ヶ月前のこと。
江戸から京に密偵として忍び込んだ2日目の夜、沖田隊長のせいで。
必死に長文のメールを打ってる途中だった。
昨夜の電話のことを謝ろうって。
何でオレあんなこと言っちゃったんだろうか、って。
『…それっていつまで?』
電話の向こう、少し泣き声になっている彼女の声に眉を潜めた。
「そんなのわかんないよ、まだ来たばかりだし。一週間くらいかもしれないし、一年になるのかもしれないし」
『たまには帰れるの?』
「…帰りたいけど、それもわかんないよ?まだ全然状況すら掴めてないんだもの」
『いつもそう、いつも。何で退くんのお仕事ってそう不安定なの?しばらく連絡なくてようやく逢えたと思ったら栄養失調みたいに青ざめてたりするし…、心配なんだよ?いきなり連絡つかなかったり、どんな仕事してるかも説明してくれないんだもの』
前にも同じような言い争いになってきちんと説明はしたはずなんだけどな。
オレの仕事は極秘内容だから例え彼女であっても詳しく説明することはできないんだって。
今回だってそう、突然局長からの命令で京で倒幕活動を煽る連中を一人残らず調べて欲しい、と。
そんな内容話せるわけないじゃないか。
『退くんは不安じゃないの?私と連絡取れなくても』
「…心配にはなるけどさ、仕方ないことだし」
ふうっとため息ついたオレの耳に、花奈ちゃんの声が突然低く響く。
『仕方ないこと?』
…あ、れ?これって今もしかして花奈ちゃん怒ってる、んだよね?
「あ、いや、その仕方ないってのは」
『連絡取れない間に私が事故に遭ったとしてもきっと退くんにとっては仕方ないこと、になっちゃうんだね』
「そ、そういうのじゃなくて!!それはちょっと飛躍しすぎでしょ!!心配だけど仕事があるから、だから仕方ないって」
必死に火消しに走るオレだったけれど、それが余計に花奈ちゃんを苛立たせたみたいで。
『私は仕方ない、なんて一度も思ったこと無かった。逢えなくて連絡もつかない間いつもいつも退くんの無事を祈ってた、早く逢って無事を確認したいって。だけど退くんは仕方ない、そう思ってたんだね、今まで』
「…」
どう説明したらいいってんだろ。
オレだってできれば毎日だって花奈ちゃんの声が聞きたいし逢いたい。
だけどそれは無理なことなんだって、今までにも何度も説明してきたはずなのに。
困り果ててついたため息の大きさに自分で驚くよりも先に。
『…困らせてごめんね』
花奈ちゃんがそれに気付いたようで。
『もう、いいや、退くん。私のことは気にせずに元気で頑張って』
「花奈ちゃん?」
『自分でも思ったわ、今。本当に面倒臭い女だなって。呆れさせちゃってゴメンね』
も、もしかしてオレのため息がそう聞こえた?!
「花奈ちゃん!!違う、えっと」
『バイバイ、退くん』
「ッ」
待って、と言いかけたその瞬間に電話は切られた。
すぐに掛け直したけれどその日はもう電源落とされたようで繋がらないまま。
まんじりともせずに夜は明け、そして問題の2日目の夜。
沖田隊長と二人宿で待機している時だった。
ていうか密偵に沖田隊長は不向きだから斉藤隊長にしてくれってあんなに局長に伝えたはずなのに。
何でこの人を寄こしたんだろう…。
多分隊長のことだから旅行気分で遊びに来ただけなんだ。
それを証拠に。
「何してんでィ?」
暇を持て余し人の携帯を覗き込んできた沖田隊長から必死に携帯を背に隠す。
花奈ちゃん宛てのメールを作っていたからだ。
もう一度ちゃんと話がしたい。
繋がらないまま終わってしまうなんてありえないよ。
決して君のことを軽く考えてたわけじゃなくて、オレなりに真剣に付き合ってきたつもり。
この仕事を終えたら真っ先に逢いに行くから、どうかもう一度オレの話を聞いて欲しい。
大切なんだ、仕事頑張れてるのだって。
その後で君に逢えるから。
オレの今のありのままの気持ちを必死に打っていただけだというのに。
「上司に隠し事たァ好ましくありやせんねえ」
方頬だけを上げた真っ黒な笑顔が、さあ携帯を寄こせと手を伸ばしている。
『出さないと殺す』って脅されているようで震え上がるけれど。
「い、いや、その見たって面白いことありませんよ?」
アハハと背中に携帯持ったまま、一先ず電源事落としてしまおうとしたその瞬間。
「面白いかどうかはオレが決めることでさァ」
シュッと首筋に当たる銀色の刃、嘘でしょォォォォ?!
たかが携帯見せないだけでオレ上司に殺されなくちゃなんないの?!
ヒィィィィっと首を竦めて携帯を差し出したその時だった。
障子の向こう、中庭の草むらからザザザッという何かの気配。
オレより一瞬先にそれを感じ取ったらしい沖田隊長は。
オレから受け取った携帯をそのまま、そちらに向かって勢いよく放った、そう超剛速球で。
障子を突き破ったオレの携帯のせいなのかニャーという猫の鳴き声と、そしてその猫らしい逃げる足音。
と、同時にドポンという聴きなれない、音…。
「何でィ、猫かい」
障子を開け放ち中庭を眺める隊長。
てか、オレの携帯は?!
慌てて懐中電灯を持ち中庭に出るとドポンの正体が姿を現す。
「あー悪ィ、もうダメだな、こりゃァ」
全然悪びれもせずに沖田隊長が中庭の池に手を突っ込んで携帯だったものを拾い上げてオレに返して寄こしたけれど。
…勿論既に電源など入らず、そしてバックアップなど取っておらず…。
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