5W1H[1/1]
「さて、と」
大きなトランク、入れ忘れた物がないか周囲を見渡して。
そうだ、と1つ思い出したもの。
台所に行くと今朝飲んで洗ったばかりの赤いコーヒーカップを水切りから取り出した。
その横にはお揃いの青いカップ、オレンジ色と緑色のカップ。
一個だけ離れ離れになるのは私のカップだ。
買った時のことを思い出したら何だか胸が疼いてしまって。
これだけは置いてってもいいかな、同じ日に同じ場所で買ってきたカップたちだもの、離れたくないよね?なんて。
…、バカだな自分ってば。
目尻から流れ落ちそうなものをついと拭って、カップを水切りに戻した。
さよならを決めたのは自分。
だってもういい年なんだよね?
周りはどんどん結婚していくってのに。
私だけ取り残されてるようで。
銀時といるのは楽しかった。
すごく楽しくてそれだけで良くて何も他に求めてないはずだったのに。
なのにいつからだろうか、銀時に求めてしまう自分がいて。
多分それを望んでない銀時がいて。
自分の中でズレを感じてしまっていたのは。
不毛なのだ、20代の貴重な時間をここで費やしてしまうのは。
楽しいだけじゃ後に何も残らない。
子供だって産みたい。
だけどそれは望んじゃいけないこと、だって不安定なこの生活の中でどうしたって家族を増やすことはリスクでしかないし望まれてない。
だったらどうしたらいい?
だったらこうしたらいいよ。
自分の中で出した結論。
「銀時、金曜日の仕事三人で回せる?」
声をかけた私に銀時は鼻糞ほじりながら振り向いて。
「は?あー屋根瓦の張替えか、どうせ花奈は怖くて足が竦むんだしオレら三人で十分だけど?何か用事あんの?」
ダルそうに返答するとポイッとどこかへ鼻糞を放った。
…後で踏んづけたらどうすんのよ、全く。
ため息つきながら残りの鼻糞を放らせないようにティッシュを手渡して。
「引越ししようかなって」
呟いた自分の言葉に銀時は意味がわからないとばかりに私を見上げてた。
「誰が?」
「私が」
「どこに?」
「まだ決まってないけど」
「ふーん」
…、ふーんって。
まるで興味無さそうにリモコンに手を伸ばしてTVを点けて結野アナの天気予報を食い入るように見てた。
せめて5W1H「いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」くらい聞けばいいじゃないか!!
今週の金曜日、万事屋から私がどこかに引っ越します。
その中にまだ「なぜ」は含まれて居ないというのに。
「悪ィな、仕事でなきゃ手伝ってやれたんだけどよ、神楽ぐれえ置いていくか?力ならあんぞ?」
全然悪びれた様子もなく「どのように」を提案してきた。
「なぜ」はもういらないのか。
「いや大丈夫よ、私こそ仕事手伝えなくてごめんね」
TVからの音だけが二人の間を流れていた。
「なぜ」を問われて私が本音を話していたら何か変ったのだろうか。
否、もっと亀裂が走っていたのかもしれない。
最後の朝食、三人が普段どおりに私の作った朝食をがっつくのを見てこれが見納めかと思ったら苦しくなった。
勿論新八くんも神楽ちゃんも私が出て行くことは知らない。
本当の姉のように慕ってくれる二人に何も言わずに出て行くのは苦しいし。
きっと話したなら止められるのはわかっていたけれど。
そんなことして踏みとどまったって、肝心の銀時には迷惑だろうから。
「花奈さん、今朝も美味しいです、ありがとうございます!!」
「花奈、お代わりアル!!」
二人の笑顔に心の中でバイバイ、ずっと大好きだからね、と呟いて。
「新八くんもお代わり食べるでしょ?ちょっと待っててね!」
そう言って台所に逃げ込んで危うく落ちかけていた涙をどうにか食い止めた。
相変わらず銀時だけはご飯食べながら結野アナの天気予報に釘付けで私の微妙な変化なんかまるで感じてなかったみたい。
あの話からずっと銀時は私と二人で話するのを避けているようだし。
仕方ないことだろう。
何の説明もなしに出ていく元・恋人との会話なんて。
楽しくも何ともないものね。
仕事に出かけていく三人を玄関まで見送って。
三人分のお弁当が入ったお重を銀時に手渡した。
「いってらっしゃい、頑張ってね!」
「いってくるアル、お土産買ってくるから待っててヨ」
「いってきます、花奈さん!!」
私に手を振り元気よく飛び出していくその光景に目を細めて手を振り替えして。
「じゃあね」
まだそこに突っ立っている銀時に手を振る。
「…、」
久々に目が合って銀時の唇が何かを言いかけたその時。
「銀さん、約束の時間に遅れちゃいますよ、早くして下さいっ!!」
と階下から急かす新八くんの声が響くと我に返ったかのようにハッとした銀時が。
「っ、…行くわ」
じゃあな、と背中を向けたその背中を。
「いってらっしゃい」
これが最後と焼き付けてしまうように玄関引き戸がピシャリと閉じられるてその影が消えるまで。
立ち尽くして見送った。
「ガスの元栓閉めたー!!窓の鍵もかけた!!電気も点いてない!」
指差し確認までしてまるでここに踏みとどまっていようとしてる自分に気付いて呆れる。
決めたじゃない。
まずはここを出たらまっすぐに求人票貰いにはろわーくへ行く。
でもって住み込みで雇ってくれそうな場所、あればいいんだけどな。
なかったらどうしよ、やっぱ先に仕事場と住む場所探してから引っ越せばよかったかな。
いや、何弱気になってるんですか、私!!
苦しいって思うから苦しい、寂しいって思うから寂しい。
『どんな時だって…、泣きたい時も笑っとけ、お前が笑ってればオレも笑えっから』
あれは銀時が仕事で大怪我をした時泣いている私の頬を擦りながらそう言ってくれたんだっけ。
『笑ってれば先に進めんだろ、お前と、アイツらと、な?』
…大好きだったな、そうやって私のことを抱きしめてくれる銀時が。
ううん、過去形じゃなくて今も大好きなんだ、この先多分銀時以上に好きになれる人なんか現れないと思う。
『ただいま』
出迎える私に目を細めてくれるその優しい笑顔の側に。
何も気付かないふりでずっといられたら良かったのに。
欲張ってしまった私の負けだ。
「…ダメだ、銀時ィ…、今日は笑えそうにないや」
呟いた自分の声が弱弱しく震えていて鼻声で。
俯くとボタボタと落ちる雫。
玄関先で座りグズグズと泣きながら草履を履く私の目の前。
唐突にスパァンと玄関が開いた音。
驚き見上げればそこに汗だくの銀時が立っていて。
「っ、忘れ物?」
もう逢えないと思ってたはずの人が突然現れて、呆然と出た言葉がそれで。
その後で自分の今置かれている、この状況にハッとして。
鼻水だか涙だか多分そのミックスだかでグジャグジャになった顔を慌てて小袖で拭う。
「…、ん、忘れ物」
ハァっとため息を大きくついた銀時が私と同じ目線になるようにしゃがみ込んで。
「何で出ていくのか聞き忘れた」
私の肩に手を置いて話すまでは逃がさないとばかりに私を食い入るように見つめている銀時に。
嘘なんか言えないから。
「なぜ」
その理由を話しだす。
「…結婚したかったんだ、私。ちゃんと家族と呼べる人が欲しかったの」
銀時と私。
しがない飲み屋で働いてた私とある日フラリと客として訪れた銀時が。
知り合ってすぐに意気投合したのは、多分その生い立ちから。
二人とも先の攘夷戦争での戦争遺児だった。
親も兄弟もいない、私たちが寂しさを埋めあうように寄り添って生きてきたのは必然だった気がした。
出会うのは運命だったと、そう錯覚するほどに。
「子供も生みたいの、その子が明日の食料を心配するような生活を送らないように。いつだって安心して眠れるお家がある家庭を作りたくて、だから」
無表情なはずなのに、銀時の目が時折揺れているように見えた。
赤いその目に見つめられるだけで切なくなってしまうのに。
その目が泣いているように見えて余計に…。
しばしの沈黙の後に小さく呟いたのは銀時で。
「オレに呆れたからじゃねえの?」
「っ、違うよ」
慌ててそれを否定する。
「オレが甲斐性なしだからなのかと、そう思ってた」
そんなんじゃない、と首を横に振る私に。
悪ィと言いながら。
グイと引き寄せて。
「…今更遅えってのもわかってるしお前が望むようなことすぐに叶えてなんかやれねえかもしれねえけど、それでも」
縋りつくように私の胸に顔を埋める銀時の銀髪が顎の辺りで震えている。
「…お前の家族になんのはオレじゃダメか?」
「銀時っ、あ、の」
「行くな、ここにいてくれ」
言いかけた言葉はようやく顔を上げた泣き顔の銀時に有無を言わせないかのように唇で塞がれ飲み込まされるけれど。
あのね、ちゃんと説明できてなかった。
私もあなたと家族になりたくて、あなたの子を生みたくて。
「誰と」が抜けていたこと。
だけどそれを望めないって思いこんで自分勝手に諦めてたこと。
大事なことも忘れてた。
だれが(Who)じゃなくて誰と共に(with Whom) 。
今この瞬間も、過去も未来も万事屋であなたと共に生きたいの!大好きだから、愛してるから一生側にいたいって。
お互いに泣きながら交わすこのキスの次の息継ぎで。
あなたにちゃんと伝えなくちゃ。
「銀時、私、ね」
2016/6/13
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