S極とN極[1/1]
あなたの瞳に映るから青いのか、それとも地球だから青いのか。
食い入るように見つめていると、パチパチと瞬きしたそれでハッと我に返る。
「どうしちゅう?」
「いえっ」
あんまり綺麗だったから見つめてたなんて恥ずかしくて言えない。
「艦にゃ慣れちゅうか?」
「はいっ、もう迷うことはありませんっ」
恥ずかしくて照れ笑いすると社長は、ほうか、と嬉しそうに微笑んでくれた。
社長の艦に乗り込んだのはほんの数日前、女中を募集していたこの艦が地球に来ていた日のこと。
天涯孤独の身の上だった私は前々から憧れていた宇宙生活をするチャンスとばかりに身の周りを整理してこの艦のドアを叩いた。
もう女中は決まってしまっている、という言葉を聞きガックリ肩を落としたところに通りかかったのが社長で。
しょぼくれた私を見て、「採用じゃ」と笑って受け入れてくれたのだ。
その翌日広い艦の中で部屋を出た瞬間に迷子になっていた私をあちこち案内してくれたのもまた社長だったのだ。
それから時折出会う度に社長は何かと私の事を気にかけてくれていて。
仕事終わり部屋に戻ろうとした私と。
どこか出先から戻ってきたらしい社長が、バッタリ出くわして。
「茶でも飲むか?」
と誘われてこうして社長の部屋で向かい合ってお茶を飲んでいたりするのだけれど。
窓際の大きなガラス越しに見える地球は本当に美しくて、目を細める。
こんなに遠くに来ちゃったんだなぁと。
「寂しくなってしもうたかえ?」
「え?」
「ほがーに地球ばかり見つめちゅうから帰りたいのかと」
「いえ、まぁ…、友達はいたので寂しくないといえば嘘になりますが、今はあれです。地球の色と社長の目の色が似ているなぁって」
そう見比べれば社長はまた微笑む。
「さっきわしの目ば食いあだつように見てたのはそのせいか?」
「っはい」
恥ずかしくて真っ赤になると。
「なーんじゃ」
と社長が口を尖らした。
「社長?」
何か私社長のお気に召さないことを言ってしまったのだろうか?
オロオロとする私を見て社長はフッと口を緩めて。
「わしゃ、また花奈がわしのことが好きで見つめちゅうのだとばあ思ったがけんど」
「!!!!!っ、あの、いえっ、そんなっ私ごときが社長を好きになんて…滅相もないです」
気付かれてたの?!そんなわけないっ!!!
驚き両手で顔を覆うと、優しく頭を撫でてくれる手の感触。
「ほがな愛にかぁーらん態度取られるとしょうまっこと男は勘違いするぞ?」
…勘違いなんかじゃなくって…でも。
「すいません」
謝りながら誤魔化すように笑った。
だって笑うしかないです、こんな気持ち。
例えばあの日途方にくれてた私に「採用じゃ」と笑った顔にドキンとしてしまった、とか。
迷子になって困り果てていた私の肩を抱いて一日中あちこち案内してくれた温もりだとか。
バッタリ社長に会うたびに胸がキュンとして。
今こうして社長の部屋に招かれて、二人だけでいるって思うだけで心臓が飛び出そうなほどバクバクしているのは。
…身分違いすぎて、バカじゃないの?自分、と。
笑うしかないんですもの。
「謝られたら否定されてしまったようで寂しいがか」
頭にあった手がいつの間にか頬に添えられていて。
真っ直ぐに社長が私を見つめていることに気付く。
私が顔を背けることのないようにこうして添えられているのだと気付いて益々恥ずかしくなってしまう。
「笑わないで聞いとおせ」
「…はい?」
「まだ出逢って数日だというのに、…わしゃ、おまんのことばかり考えちょる…、おかしいにかぁーらん?」
「あ、の」
「触れてみたい、と。思うとった、こうして」
まるでくすぐるように頬を撫でる指先がくすぐったくて、だけど。
キュンとする感覚に戸惑ってしまって、もじっと身体を強張らせる。
「、社長、私っ」
「おまんはわしのことみょうに思っちゃーせんなが?運命だと思っちゅうのはわしばあなが?」
空いている片方の手は私の手を取り、力をいれずに引き寄せられて。
逆らおうと思えばいくらでもできるはずなのに、どうしてか逆らえないのは。
こうして社長の腕の中に抱きしめられたい、と思ってしまったからなんだろうか。
片方の膝の上に座らされて抱き寄せられてしまって。
それに逆らうどころか、何でこんなに心地いいって思ってしまうのか。
だけど。
「身分が違いすぎます、社長」
後一歩私が踏み込めないのはそこ。
「身分?人と人、身分で誰かと付き合うかえ?花奈は」
「っ、」
「わしゃ、花奈自身に一目惚れしたんじゃ。…花奈を採用したのは、自分の側に置いておきたいちゅうわしの我儘じゃったけれど」
もう一度添えてくる手に上を向かされて。
吐息のかかる距離で見つめられて。
「それが身分ちゅうんなら解雇してもええが、他にここにおまんを置いておく理由が無くなってしまうきに。すまんが解雇にはしてやれん、ええじゃろうか?」
側に、私を置きたい、って…それって。
「…社長、っあの、私も…毎日どこかで社長に逢えないかな、なんて…」
逢いたくて、一目あなたに逢って、笑顔を見たくて。
それだけで毎日頑張れそうって思うほどに。
「…大好きで」
最後まで言い終わらぬうちに飛び込んできたのは蒼く惑わすような社長の瞳の色。
「たまりやーせん…」
唇が触れたと思った瞬間に熱い塊が口を押し入って来て。
「っふぁっ…」
何度も何度も私が逃げぬようにと追いかけられては、波が引くように去っていくのを。
いつの間にか私も追いかけていて。
…初めてのキスが終わった瞬間にグッタリとして、社長の胸にもたれかかり泣き出してしまうと。
「まっこと可愛ええが」
首筋に耳にこめかみにそしてまた唇へ、社長の舌が這う。
「ゆっくりでええ、と思うとったんじゃが」
濡れた私の唇に手を伸ばし長い指がさっきまで社長の舌があった場所へと差し込まれると。
愛しくなってそれを啄ばんでしまう。
「…花奈、わしもおまんが好きやか」
指を咥えたまま見上げた先で社長の目が悪戯っ子のように細く笑う。
そうして私の手を握ると同じように私と同じように指を舐める、その仕草と。
指先から痺れるように感じる甘美な感覚に。
腰はもうとっくに立たないほどにガクガクで。
「なんちゃーじゃしやーせんから今夜は側にいとおせ」
なんて、何もないわけがない企みのある目に。
「はい…」
素直に騙されたくなるほどに疼くから…。
…もっと好きになっても、いいんですよね?
不安げに見上げた先で。
「好いとおせ?」
そう微笑む人に安心してようやく自分からしがみついた。
…社長って、手の早い人、だったんだ、なんて。
どこかでボーッと考えながら、またキスを交わして。
fin
ゆみ様へ
2014年4月3日 コトノハ 茅杜まりも
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