四月馬鹿[1/1]
私の恋人は馬鹿である。
どんぐらい馬鹿かというと、多分宇宙一の馬鹿なんじゃないかと思うほどの。
「ねえ、何で?!」
「は?」
辰馬が突然放った言葉に詰め寄ると、間の抜けた返事と間の抜けたニヘラ顔が私を見下ろしていた。
「だから、何でおりょうちゃんのとこに行こうとしてんのかってこと?」
こともあろうに、今日という日に突然そう言いだしたのだから。
ほらね、馬鹿だとしか言いようが無い。
「何でとは、何でかのう?」
「い、いや、だって、さ…」
言いづらいけれど、今日が何の日だか辰馬は気付いていないってことだろうか?
…今日は、2人の記念日だってこと。
付き合って、1年になるんだよ?
『わしと付き合っとおせ』
断られるだなんて絶対に思っていない自信満々な顔。
『…嘘でしょ?!』
だって、今日は4月1日じゃない。
そんな都合いい嘘になんか騙されない。
私の気持ち気付いて弄んでるだけでしょう?
『嘘がやないきね』
意味がわからんと首を傾げた辰馬、そして。
『花奈はわしのことが好きやお?』
…真正面からそんなこと言われて。
尚も疑いの眼差しを向ける私に。
『信じとおせ?』
サングラスを外した青い瞳が澄んでたから。
…信じてしまうじゃない?
頷くしかなかった私を嬉しそうに抱きしめて。
ブンブン子供のように振り回されたあの日。
『後で、嘘だったなんてナシだからね?』
『ほりゃあ絶対にないきね!!花奈こそ、後で嘘じゃったらぁていいなや』
なんて、微笑み合って。
なのに、さ。
たった1年だよ?
あれから1年。
「ねえ、今日ってエイプリールフールだよ?」
「ほうじゃが」
平然としている辰馬に腹が立って泣き出しそうになる。
何で記念日におりょうちゃんに逢いに行くの?
覚えてないの?
やっぱり、おりょうちゃんのことが好きだったの?
付き合ってからずっとそんなことは言い出さなかったじゃない?!
ずっと私を側において。
好きやか、って…。
「…じゃあ、もういいや、どうぞいってらっしゃいませ、でもって二度と帰ってこなくて結構ですよ」
泣き出しそうな気持ちを堪えて辰馬に吐き捨てると。
「わかった」
なんて笑ってる。
…やっぱ、そうだったんだ、ずっとからかってただけだったんだ。
私のことなんて、ただ側に置いとく女だとだけ思ってたんでしょう?!
…抱ければ本当は誰だって良かったんじゃないの?
このヒトデナシ!!!!
キッと睨み挙げて駆け出そうとしたその瞬間に。
目の前が真っ赤になるのは。
辰馬のコートの色で。
…抱きしめられてるからで…。
「辰馬…?」
どうして?と見上げた先で、困った顔で笑う人。
やだ、もう、また笑ってるじゃない。
離して、と暴れるともっと強く抱きすくめられて。
「今日は何の日じゃったかのう?」
クスクスと耳元で笑う声。
「っ、さっき、言った!!エイプリールフールって」
「そうじゃのう、それはおまんとわしの記念日であって」
「…」
「嘘をついてもええ日じゃなかったがか?」
…それはどういう…?
「…辰馬?」
「まだわからんがか?」
不安でいっぱいなまま、辰馬を見上げると満面の笑みを浮かべていて。
「何っ?」
「おりょうちゃんのとこにゃ、はや行きはしやーせん」
「だ、だったら何でわざわざそんな嘘っ」
ケンカになるような性質の悪い嘘なんか。
「…お仕置きちや」
「はぁ?!」
「この間、おまん恋文なんか貰ってたろう、取引先の男から」
ギクリと冷や汗が背中を伝う。
「…貰ってない、よ?」
誤魔化すように笑うと。
「何で間があるんかいのう?」
ニヤリと笑って懐から指先で挟んで取り出したそれは、確かに私が貰ったはずの手紙…。
「こがなもの、捨てちまうぜよー!!」
えーい、と宇宙(ソラ)に放るとアハハハーと豪快に笑って。
…何で辰馬が持ってたの?とか。
聞きたいことは山ほどあるけれど。
いいや、どうせもう断ったものだし。
ちょっと、気持ちが嬉しかったから持っていただけで…。
でも、辰馬はそれにヤキモチを妬いてくれて…。
そう思うと自然と笑みが込み上げて来る。
なのに。
「わしのことが好きやき花奈はヤキモチを妬いてくれたんろう?」
余裕すら感じるその態度。
せっかく見えた主導権をまた握られてしまいそうになっている。
まるで1年前の再来みたいじゃないの!!
「…、うるさい、もう、本当に嫌いになるかもっ」
「嫌いになんぞ、させやーせん。これからまた1年先、2年先もずっとおまんと一緒におりたい」
「…また、エイプリールフールじゃないの?」
「なんぼエイプリールフールがあろうと、わしのおまんに対する気持ちにだけは嘘はつけんぜよ」
「!!!」
辰馬のくせに、何て口説き文句!!!
思わず見惚れたように見上げていると。
「顔が赤いやか」
ニッと歯を出して嬉しそうに笑う辰馬に。
うるさい、と憎まれ口を叩く前に伸びてきた親指は私の唇を黙らせるように撫ぜて。
「365日、毎日好きやき」
サングラスを外した瞳が青く澄みながらも。
何だか少し色っぽくて。
思わずオネダリするように、目を閉じて続きを待つ。
甘美なお仕置きを。
fin
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ペリー来航様へ
2014年4月1日 コトノハ 茅杜まりも
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