陽だまり1[4/4]
珍しく消えている灯り。
それもそうか。
いつもは深夜だった帰りも、今日は接待のため午前様。
こんな時間まで待ってるなんてこたァ、いくら花奈でもしねえだろ。
それでも風呂場に行けば着替えは整っていて。
冷蔵庫には今日の夕飯だろうおかずが入っていた。
いらねえって言ってんのにな…。
『おかえりなさいませ』
静かに微笑む花奈の顔がねえと、何だか調子が狂うな。
寝室の前、しばし立ち止まって。
…、ダメだろ、そりゃ。
寝顔でも、なんて。
いつものように和室へと向かう。
『娘は身体が弱い、なるべく負担になるような真似は』
ミツバとはまた違うが、同じように肺の病だと知った。
幼い頃から幾度か手術を繰り返して、今は大分良くなったとは聞いた。
それでも、あの男はオレを呼び出してこう告げた。
身体のことが心配で嫁にも出さずに側に置いておいた一人娘を預けるからには大事にして欲しいと。
お前が大事に思うものと、引き換えに。
真選組の将来も近藤の未来も応援してやると。
互いの利害が一致した。
わかってる、いつか一ツ橋に飲み込まれちまうかもしれねえってこたァ。
だけど、ここで指咥えて見てたら遅かれ早かれそうなっちまうから。
…増えた資金を元に、その時に備えるまで。
何の関係もねえのにな、花奈には。
いつも泣き出しそうな顔をしてオレを見ているのは知っている。
言葉をかけてやれば嬉しそうに微笑むことも。
できることなら、そうやってずっと笑わせてやりてえとこだが。
…鬼にも怖ェもんがあんだよ。
触れたら壊れそうな華奢すぎる身体。
青白い肌の色。
彷彿とさせる忌まわしき思い出。
近寄ったら止まらなくなる日が来るってんなら。
側にいねえ方がいい、いくらお前を寂しがらせても、だ。
アイツと同じような目には合わせたくねえんだよ。
『十四郎さん、これを』
手渡されたのは交通安全の御守り。
それも見合いの席でだ。
『いつもお仕事でお車に乗ってらっしゃると…。ここの神社の御守りがよく効くらしいとのことで』
どうぞ、と差し出されてその顔を見ると。
優しそうな笑みを称えていて。
それが…。
陽だまりみてえだなって。
その顔を見ている内に何だかホッとできる自分がいることに気付いた。
いつだって、本当はあんな顔をしてて欲しいのに。
どんどん笑わなくなってるお前に不安になる。
笑えなくしたのはオレだってのに。
朝方いつもの時間に起きてリビングに行くと。
いつもとは違う風景。
味噌汁の匂いも、ご飯の炊ける音も。
洗濯機を回す音もしないのは。
『おはようございます』
と、微笑む花奈がそこにいないからで。
「花奈?!」
まさか、出て行ってしまったのか?!
焦り寝室を開けたそこに、盛り上がっているベッド。
「…花奈…」
ホッとため息をついた。
いるんじゃねえか、珍しく寝坊か、と。
そのベッドに近寄ってわかるのは。
真っ赤な顔で布団の中に蹲っている花奈の姿。
「オイ、どうした?!」
咄嗟に額に触れた手がかなりの高温を感じる。
「っ…と…しろ…さ」
いつからだ?!
もしかして昨日の雨で?!
「、…ご飯、がまだ…」
「んなもの気にしてんじゃねえ!ひでェ熱じゃねえか」
起き上がろうとしてよろける身体を支えて、もう一度横にする。
「待ってろ、今医者を」
「…要りません…寝て…れば」
「治るわけねえだろ、こんなに熱が出てんだ」
その息すらも苦しそうで、ゼイハァという音に嫌な予感がした。
「救急車を」
電話をかけようと部屋を出ようとすると。
「…かないで…」
泣き声が聞こえる。
「…かないで、行かないで下さ…、十四ろ…さん…、側に…」
ッ!!
もう一度花奈の側に戻って。
「電話、してくるだけだ。後はずっと、側にいっから」
「…ほんと…に?」
熱のせいで潤んだ瞳からポロポロと零れる涙。
初めて、花奈が泣いている姿を見た。
「…約束する、だから…ちょっとだけ待っててくれねえか?」
な?とその涙を拭いてやれば。
泣いたまんまで、ふにゃりと笑って。
「はい…、はいっ…」
また苦しそうに目を瞑る。
花奈を寝かせたまま救急車を呼ぶ。
近づいてくるサイレンの中で。
花奈の手をずっと握り締めていた。
…頼む、手遅れにならねえ内にッ!!
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