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陽だまり1[3/4]

「いってらっしゃいませ」

いつものように玄関先まで見送ると、一瞬振り返って。

「今日は、接待があんだ。だから、確実に遅くなる。頼むから」

言いかけた言葉を。

「ええ、先に眠っておりますね」

先に自分からそう言うと、ああ、安堵したように歩き出してしまう背中。

寂しい、って伝えたら振り向いてくれますか?

縋るような視線を送っていれば、それが伝わったかのように。

あなたの足が止まって。

ためらいがちに振り向いてくれる。

「…寒いから、もう中に入れ、花奈」

「っ、はいっ!!」

久しぶりに名前を呼ばれたことが嬉しくて、大きく手を振って笑顔で見送る。

すぐに前を向いて急ぎ足で歩き出してしまうけれど。

そのぶっきらぼうな優しさに触れる度に。

きっと、私だけどんどん大きくなってしまう、この想い…。

何も求められなくたっていい。

私自身を要らないと言わないでくれたら、それだけで。

あなたのために、部屋を掃除して。

好きそうなものを作る。

洗濯をして気持ちよく身につけてもらえるよう、アイロンで皺を伸ばす。

いつも通りの仕事を終えて、部屋の暗さが昼間ではないようなことに気付き、ベランダ越しにみた景色は雨。

いつの間に?!

慌てて干していた洗濯物を取り込んで。

気付くのは、十四郎さんが傘を持っていっていないこと。

大概屯所の傘をお借りして帰ってくるのだけれど。

その借りた傘の数ももう玄関に5本もある。

…持って行ってもいいものかしら。

一瞬だけ迷って、すぐに立ち上がる。

傘を持っていけば、昼間のお仕事をしてらっしゃるあの人の姿を見れる口実になるもの。








屯所の入り口で門番の方に声をかける。

初めて訪れたその場所に緊張は止まらないけれど。

「土方の家内です」

そう言った瞬間に、すぐに中へと案内された。

門番の方に今まで借りていた傘を全て預けて。

通されるのはどうやら客間。

女の客は珍しいのか、途中すれ違う隊士の方々は私をジロリと眺めて行く。

来るまではシトシトだったはずの雨が今はもうドシャ降り。

中に案内されて十四郎さんを待つまでの間、縁側で雨の様子を見ていると。

廊下で声が聞こえてくる。

「っ、…さっきの、ホラ、女の人。アレが副長の奥方だってよ」

「あー、一ツ橋からの貢物?」

ミツギモノ…。

ドクン、と…。

自分のことを言われているのだ、とすぐにわかる。

「あれから、まだ半年じゃねえか。どんな美女かと思えば」

「ああ、沖田隊長の姉上様とは比べ物にもなりゃしねえ、パッとしねー女」

「まァな、病弱そうな大して美人でもねえ女なんか金のためとはいえ副長も気の毒に」

「病弱なとこだけは似てんじゃねえか?」

「あー、だからか…っと。シィッ!!!お、お疲れ様です!!」

「お疲れ様です!副長!!」

バタバタと立ち去る足音と共に、さっきまでの私の噂は消えて。

代わりに開いた襖の先に十四郎さんの姿。

「花奈、どうした?」

「街に出る用事がてら、傘を届けに」

平静を装って差し出したのは十四郎さんの番傘。

どうぞ、とその手に持たせて立ち上がる。

「送ってく、ちょっと待ってろ」

「いえ、タクシーを待たせてありますので」

これ以上ここにいたらきっと泣き出してしまう。

あなたに気付かれぬ前に、早く、早く。

なのに。

「何があった?」

引き止める強い腕に、ただ首を振るだけ。

聞きたいことはたくさんある。

沖田隊長の姉上って?

病弱だから…?

声に出してしまえば、あなたは今以上に私から遠ざかってしまうかもしれない。

私はあなたにとって、どのような存在なのでしょうか?

「十四郎さん…、手を…」

そう言うとようやく離してくれたけれど、尚もその目は私を捉えていて。

「お仕事のお邪魔をしてしまい、申し訳ございませんでした」

今度こそ足早に立ち去った。

「あのっ、奥方様っ」

門番の人が私を呼び止める。

「傘は?」

そう聞かれて、中に忘れてきたことに気付く。

「お待ち下さい、今傘を持って参りますので」

と中へ入っていくのを見て。

家路へと歩き出す。

前が見えなくなりそうなほどの雨。

だけど、これなら泣けるから。

誰にも憚ることなく声もあげて泣けるから。


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