そして溢れた[5/6]
ねえ、近藤さん。
包帯だらけで横たわるその顔はいつも豪快に笑う浅黒い顔じゃなくて。
血の気の引いた少し白くなった顔で。
指先までグルグルに包帯に巻かれた手をそっと両手で挟み込む。
「痛かったね」
腹に5箇所、背中に2個所、その内の一つが肺にまで達していたという。
「近藤さん、あのね、前に言ってたじゃない?水族館でデートしてみたい、って。あの時は遠いからって断ったけど…、退院したら行ってみない?一泊ぐらいして」
そっと手を伸ばし頬を触り、その頬の冷たさに息を飲む。
「後ね、私最近運動不足でスポッチャ行きたいな、って。付き合ってくれるでしょ?」
何も答えてはくれない近藤さんに必死に話しかける。
「だって、いつも私が付き合ってるんだよ?近藤さんだって私の行きたいとこ付き合ってよね?」
なぞる輪郭、頬骨に残る小さな切り傷。
「もう、返事してよ!!あ、スポッチャぐらい私が奢ってあげるから!まぁ、いつもの御礼、もかねてだけど。…ねえ、いいでしょ?」
虚しくなるよ、近藤さん。
「返事、してよッ!!」
近藤さんの肩に顔を押し付けてとうとう泣き出してしまう。
話しかけなくちゃダメなのに。
話しかけてなくちゃいけないのに。
私の口から漏れるのは嗚咽だけ。
こんなんじゃ、私、近藤さんを呼び戻すことなんて、できない。
なのに。
「…泣かないでよ、花奈ちゃん」
「え?」
「花奈ちゃんは泣いてても可愛いんだけど、笑ってる方がさもっと可愛いんだから」
見上げた先で笑ってるのは近藤さんだった。
「近藤さん?」
「ん?」
「店、いつ来てくれるの?」
「っ、ガッハッハー、ゴメンゴメン、当分行けそうもなくって」
照れたような笑い方に私もホッとする。
医師を呼ぼうと立ち上がろうとすると。
「ゴメンね」
近藤さんが呟いていて。
「ゴメンじゃないよ、…本当に心配したんだから」
口を尖らすと。
「何だか嬉しいなァ、花奈ちゃんに心配されるなんて」
微笑みが弱弱しく見えて、私は近藤さんの頬に手を触れる。
「早く、退院して?」
「…ん?」
「…近藤さんがいないと、毎日がつまらないもの」
「…そうなの?」
「そう、だよっ…気づいてた?近藤さん。私ね、あなたが」
「ま、待って、待って、えっと、ね?」
何を言おうとしているのか気づいたかのように近藤さんは私に手を伸ばして。
「花奈ちゃんの気持ち、貰ってもいいの?」
「…ええ」
「…、ああ、嬉しいなァ、オレめちゃくちゃ幸せ者だよ」
笑った近藤さんは何故か泣いていて。
それに指先を伸ばそうとした瞬間に。
近藤さんの姿は歪んで消えてく。
「近藤さんッ?!」
近藤さん?!
ハッと気づいた時には事態は急変していた。
鳴り響く緊急を知らせるようなピコーンピコーンピコーンという音。
それが近藤さんの命を繋ぐ機械から出ていることに気づく。
今のは、全部。
全部、私の都合の良い夢だったの?
「嘘、よ、近藤さん、ねえ、お願いっ!!」
叫ぶ私を看護士が抑え付けて部屋の外へと連れて行こうとする。
「近藤さんッ、近藤さんッ!!!!いやぁぁぁぁぁっ」
泣き叫んだ私を土方さんと沖田さんが病室へ入らぬように力づくで抱きとめていて。
「離してェェェェ、私まだ言えてないっ、近藤さん、聞こえてる?大好き、だから!!ずっとずっと大好きだったんだから、帰ってきてよ、私あなたがいないとっ…」
帰ってこなくちゃ、ダメなんだから…。
意識を失う途中で開いた部屋の隙間から見えたのは必死に心臓マッサージをしている医師の姿。
…そんなの、イヤァァァァ!!!!
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