大好きな笑顔[3/3]
───────ああ、それももうお終いだな。
もう立ち上がれないし立ち上がらない。
迷惑、かけちゃったなあ…。
昨日の局長の動揺しきった顔を思い出すとまた泣きそうになる。
消しゴムが欲しい、昨日を消す消しゴムがァァ!!
頭をかかえる私の耳に。
ピンポーン
届く音が自分ちのそれだった気がする…?
しばらく待ってももう一度なることもないからきっと空耳なのかも、と思ったのだけれど。
念のため、とドアスコープを覗こうとしたその時もう一度鳴るピンポーンという紛れもない自分の家のインターホン。
それからトントンとドアをノックしてる相手。
宗教勧誘や押し売りの部類ならこの辺りでドアの向こうから声かけてくるはずとその手の類なら無視を決め込もうと次を待っていた、のに。
もう一度だけ小さくノックしたドアの向こうの人は。
「花奈ちゃん、寝てる、かな?」
今一番会いたくない人の声が聞こえてきた。
え?いや?うそ?!
何で?!何で?!本物?!
思考がグルグルと定まらずにそっとドアスコープを覗くと、そこに立っているのが紛れも無く局長さんで。
「花奈ちゃん、大丈夫かな?熱とか、ない?!まさか倒れてたりしない?!」
今度はさっきより大きめなノック音と共に声も大きくなっていて。
その憔悴するような声に表情に慌てて。
「だ、大丈夫でず、ずいません、お休みじちゃって」
ついつい返事をしてしまった。
何で来たの?
心配?いや、きっと責任感じさせちゃったんだろうな。
「いいんだよ、ゆっくり休んでて、って、あ、オレが起こしちゃったんだけどさ、ゴメン。でも声聞けて少し安心した。鼻声なのに声出させちゃって本当にゴメンね」
声なら電話でも済むだろうに。
「何が食べれるかわかんないから色々買ってきたんだけどさ、ココに置いておくね?アイスも入ってるから早めに冷凍庫に入れてね」
ガサガサとドアノブに何かをかけている音。
ああ、こういう人だ…。
「ッ、局長さん、ちょっとだけ待って下ざい、ずぐなんで、ちょっとだけ!!」
お見舞いに来てくれた、その御礼だけはちゃんと言いたくて。
慌てて手にしたのはマスクとサングラス、そして毛布。
頭から毛布を被ってサングラスとマスクで顔を隠してそっとドアを開けると。
その姿に驚いたのか私をじっと見下ろす局長さんに頭を下げて手にするスーパーの袋を受け取る。
「お見舞いありがとうございまじた!こんな格好でずびまぜん」
寝癖でファンデもなし、眉毛もなし、ついでにいうと目はハニワ。
局長さんだけにはこんなスッピン見られたくない。
「、何かゴメンね、無理させちゃって」
私の姿にオロオロとする局長さんに必死に首を振る。
「こぢらこぞっ、ずびまぜんっ!!!休んだばかりに心配おかけじてじまって」
「いや、あのね、違う、そんなんじゃなくって、休んだのが心配だったからってのもあるんだけど」
何て言ったらいいのか、と必死に言葉を捜している局長さんにピンと来た。
多分、昨日の話だ。
それで私が休んだってそう思ってるんだ、きっと。
ビクつく自分の気持ちを隠して局長さんの次の言葉を待った。
「花奈ちゃんがもしかして、もう来ないんじゃないかって」
「え?」
「花奈ちゃんが女中辞めたいって言ったらどうしようって、そう思ったら何だかいてもたってもいられなくって」
局長さんの切なそうな顔を見て私は首を横に振る。
「や、辞めまぜんっ」
辞めたくない、だって。
辞めたら局長さんもっと責任感じちゃうんでしょう?
自分のせいだって、そう思ってしまう。
そういう人だからもう少しだけ。
もう二度とあなたを困らせたりなんかしないから。
「もうちょっとだけ働かせて下ざいっ」
あなたを想い出に変えられるまで。
「もう、ちょっとだけ?」
はい、と返事をすると。
「…やっぱ、そうだよね」
ハハハと苦笑した局長さんが頭をポリポリと掻いていて。
「都合いいよね、ずっと働いていて欲しいだなんて」
「局長さん?」
意味がわからなくてただ彼を見上げると。
「何も知らないままでずっと花奈ちゃんに甘えててゴメンね」
その言葉に、ああやっぱりもう気持ちは知られてしまったのだと観念した。
「、違いまずっ、局長ざんは甘えてなんか」
違うと全力で否定する私にそれ以上に。
「甘えてたんだ、居心地良くて…、オレなんかの話をいつも一生懸命聞いてくれて励ましてくれてアドバイスくれたりして。そんな人、花奈ちゃん以外誰もいなかったから。一緒にいると楽しくて…、オレ自分ばっかりで」
ゴメン、と何度も頭を下げる局長さんに首を横に振る。
都合のいいのは私の方だ。
だってそれに付け込んで自分がそのポジションを進んで選んでしまってたんだもの。
一番側にいられる道を。
やっとそれに気付けた、自分勝手なのは自分、局長さんは何も悪くない。
だから。
だから、もうね。
「辞め「辞めないで欲しい、ずっと!!」
辞めさせて下さい、やっぱり。
そう言おうとした自分の声に被せてきた局長さんの言葉と。
頭を深く下げている姿に驚いて。
「都合いいってわかってる、本当はね、もうずっともしかしたらってそう思ってた。わかっていて側にいることを望んでたのも自分、君に好かれてるかも、と少しだけ有頂天になって甘えてたんだ、いつだって」
頭を上げた局長さんが必死にサングラスの奥にある私の目を見つめていて。
「君の気持ちにすぐさま応えられなかったオレに愛想尽かして辞められても仕方ない、ってそう思ったけれど。…どうしたって、花奈ちゃんの笑顔が屯所にないなんて、オレの側から消えてしまうかもなんて考えたらもう無理だったんだ」
ふわりと毛布ごと。
丸ごと私を包み込む腕の強さに。
逃げる術もなく、抱き寄せられて。
「今更、ゴメン…こんな大事なこと、自分の気持ちに気付くの遅くなっちゃって本当に今までゴメン!!都合いいって叱ってくれてもいいから、これからもオレの側で笑ってて欲しいんだ」
こんなにも側にあった大事なことに何故気づけなかったんだろ、バカだな、オレ。
耳元で聞こえてきたその声に何か言わなくちゃ、なのに。
自分の口元から漏れたのは嗚咽。
「花奈ちゃん?!」
驚く局長さんに早く答えをと思っていても嗚咽を止められることもなく
子供のように声をあげて泣きながらしがみついてその胸に顔を埋めた。
もうちょっとだけ、もうちょっとだけ。
今は泣かせて下さい、あなたの腕の中で。
子供をあやすような大きな手で優しく包み込まれて。
お返事は泣き止んだその後で。
きっと笑顔で。
2016/6/22
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